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ムッチー君のABA in NY

絵子

これは、ムッチー君という男の子が、2002年にニューヨーク州で受けた療育の報告です。ニューヨーク州は、「わが子よ声を聞かせて」のモーリス一家が住む州であり、全米の中でも、自閉症スペクトラムの子供に対する州の援助が手厚と言われています。日本とはだいぶ雰囲気が違いますが、ムッチー君の記録によって、その様子は伝わるのではないかと思います。

ムッチー君、ABAと出会う

ムッチー君が住んでいたのはニューヨーク州と言っても、摩天楼のあるマンハッタン島ではなく、そこから少し離れた郊外の町でした。
あたりには公園や森が広がり、ラクーンやグースがいる、とてもきれいなところでした。

ムッチー君はアメリカの病院で誕生し、1歳ごろには立って歩き、はじめての言葉をしゃべり、周りの人の真似をしてバンザイをするという、ふつうの子供でした。
全身ムチムチして、かわいい男の子だったので、ムッチー君と呼ばれていました。

ムッチー君の両親は働いていましたから、ムッチー君は平日の昼間は保育園で過ごしていました。ある日、保育園の園長先生は、職場にいるお母さんとお父さんを園に呼んで、厳しい口調でこう言いました。

 「ムッチー君は毎日のようにお友達を噛んでいます。ところが、保母さんがムッチー君をしかっても、笑ってばかりで「ダメ」という言葉の意味がわかっていません。これでは園として対処のしようがないのです。言葉の遅れが心配されるので、すぐに専門機関へ相談をしてください。」

園長先生は、両親に小さな白い紙を渡しました。そこに書かれていたのは、’Early Intervention’(早期介入)という文字と、電話番号でした。
これはムッチー君が1歳9ヶ月のときです。

お父さんは、それまでに、ムッチー君がなんとなくふつうではないような気がしていました。
ムッチー君は、しょっちゅう家族がいる部屋から離れて、一人で別の部屋にいることが多かったからです。

保育園では、ムッチー君は、くるくるあてもなくその辺を歩き回ったり、庭の、木の葉っぱが揺れるのを楽しそうに見ていました。
何か不満があっても、ウォーウォーと言うだけで、言葉を話すことはありませんでした。

不安になったお父さんは、園長先生の意見に従って専門機関(Early Intervention Program; EIP)に連絡を取りました。ちょうど夏休みの時期だったこともあり、EIPからは2ヶ月待つように言われました。

そして、2ヶ月経ったときに、まず、ビビアンという年配の女性がムッチー君の家に来ました。ビビアンはコーディネーターという人で、ニューヨーク州に頼まれて、ムッチー君みたいな子供の家族と、療育関係者との間の橋渡しをする仕事をしています。ビビアンは両親から一通り話しを聞いたあと、ムッチー君にはマリアン先生という臨床心理学の先生がいい、と言ってくれました。

ちょうどムッチー君の2歳の誕生日が過ぎたとき、こんどはマリアン先生がムッチー君のうちにやってきました。ムッチー君に知能テストみたいなことをして、お母さんやお父さんにたくさんの質問をしたあと、

「たぶん、ムッチー君は自閉症だと思うけど、耳の聞こえが悪い可能性もあるので、聴覚検査を受けてください。正式な診断は聴覚検査の結果が出てから出します」

と言いました。

また、マリアン先生は、「自閉症には応用行動分析(ABA)が有効です。
大変お金のかかる療育ですが、州が全額を出してくれます」とも言いました。

別の日、聴覚検査の結果、ムッチー君の耳は正常に働いていることがわかり、しばらくしてムッチー君は「中度自閉症」と診断されました。

マリアン先生はムッチー君の家から車で1時間ほどのところに、州認定の療育事務所を持っており、ABA専門のセラピストをたくさん抱えていました。

そこで、ムッチー君のために、事務所に登録している人の中から4人のセラピストを選びました。そして、ムッチー君のために専門の療育チームを作ってくれました。

このチームのセラピストたちは、代わる代わるムッチー君のいるところに来て、ムッチー君に、応用行動分析に基づく特殊なトレーニングをしてくれるのです。

診断から2週間の後、ムッチー君の療育チームがはじめてムッチー君のところにやってきました。最初のうち、療育チームは保育園に来ていましたが、ムッチー君のクラスの担任の保母さんが、
「食べ物を言葉のトレーニングに使うなんてとんでもない」
とか、
「わたしは自閉症の子供を持ったことがあるが、ABAなんか必要なかった」
とか言い出して、セラピスト達を部屋から追い出してしまいました。

しかたがないので、マリアン先生が保育園に出向いてABAのことを説明しましたが、事態は悪くなる一方でした。

そんなこんなで、2歳半に近づいたころ、ムッチー君は保育園をやめて、家で療育を受けることになりました。同じ頃に、療育チームのまとめ役(チームリーダー)が出産のためにお休みに入りました。

代わりに、テリーさんという40歳くらいの女性がチームリーダーとして新しくチームに加わってくれました。

テリーさんは、それまでに自閉症児のための学校で13年間教師をしていました。
そのため、たくさんの自閉症の子供達を見ており、ABAについても多くの経験がありました。(後に、テリーさんはこの学校をやめて、EIPの専門になりました)

テリーさんは、ムッチー君のために、ABAのプログラムにいろいろな工夫を施してくれるとともに、お母さんを捕まえていろいろなことを教えてくれました。

実は、お母さんは、それまでABAについて半信半疑でしたが、テリーさんの、

「8年くらい前だったかなぁ、ABAが導入されてからはおどろきよ。それまでは学校の子供達は単にふらふら遊んでいるだけだったもの」

という言葉に動かされ、また、テリーさんの暖かい人柄に惹かれ、ABAについての理解を深めていきました。

補足

Early Intervention Program(アーリー・インターベンション・プログラム)

EIPは文字通り早期介入という意味で、障害を持った子供たちに適切な教育を行う目的で1980年代に設立されたもの。

アメリカ中央政府のEIPの予算が各州に分配される仕組みになっており、NY州ではDepartment of Health(保健省)が管轄、1993年から行われている。

3歳以下が対象で、障害を持った子供に対する早期の療育や、その子供の家族に対する教育(ファミリー・エデュケーション)を含む。

ABAの費用

ABAは、「とてもお金がかかる療育」と言われる。
セラピストの時給はふつう5千円くらいで、経験によって時給が上がり、チームリーダーで1万円を超える場合もあるとか。

セラピストの給料以外に、コーディネーターにかかる費用、事務所に払う費用、その他あわせて、NY州が私たちに使ってくれた金額は年間700万円以上では。

ムッチー君の場合、ホームセラピーにかかる費用を全額、州が出してくれていましたが、当時、親にも費用の一部を負担させるべきという考えが出ており、現在はそのようになっているかもしれません。また、米国内でも、州がホームセラピーの費用をこんなに出すのはカリフォルニア州とNY州くらいで、他の多くの州では十分なホームセラピーを受けることはとても難しかったようです。

セラピスト

セラピストになるためには教育関係のマスター(大学院修士課程)を出ていなければならず、もちろんABAの専門知識が必要となります。

さらにABAを行う幼稚園などで1年以上の実務を行わなければなれません。
チームリーダーになるためには4年以上のABA指導の経験が必要だと聞いています。

テリーさんは、いままでに自閉症児の専門の学校で何人もの子供を見ており、幼児から小学生まで教えたことがあるベテランでした。

米国のように、自閉症児に特化された幼稚園や学校があるということは、その分野の専門家が育つということでもあり、とてもうらやましく思います。

検査と診断

ベイリー児童発達検査、ヴァインランド適応行動検査、M-CHAT(Modified Checklist of Autism in Toddlers)、CARSなどが使われました。

テストは、指示に従ってカップの中にサイコロを入れるとか、1ピースのパズルが出来るかとか、そんなもので、その他は子供の行動の観察、両親への質問から成り立っています。

ムッチー君のように小さい子は、病院などでは泣いてしまって普段の通りにはいきません。
そのため、検査は、原則として子供が住んでいる家に出向いて行われるようです。
同じような理由で、セラピーも住んでいる家の中で行うほうがよいわけです。

ホームセラピー

家にセラピストが来て1対1でABAをしてくれること。

部屋のセッティングの仕方や課題のやり方は、「わが子よ、声を聞かせて」などの中にでてくるのとまさに同じです。

ムッチー君の場合は3-4人のセラピストが、 月曜日から金曜日まで、午前中に2時間、午後2時間、合計すると全体で週20時間来てくれていました。

さらに、1週間に一度ペアレントトレーニングという時間があって、チームリーダーが、親に、家庭で何をすべきかを教えてくれます。

家の中を構造化すること、生活全般を構造化すること(スケジュール)、日常の中で子供に要求のしかたを教えること(マンドトレーニング)、をしつこく言われました。

ホームセラピーの存在は、専門の病院や、小児科、幼稚園、保育園などには知らされていますが、一般家庭には全く宣伝されていません。
現地の人に話してみても、知らないと言う人がほとんどでした。

それは、たぶん広汎性発達障害や自閉症の(あるいはその疑いのある)子供を持つ親が、すべていっせいにホームセラピーを要求したら、EIPの財政は破綻してしまうからではないでしょうか。EIPやホームセラピーには、医師の紹介または、集団保育を行う機関が紹介して、やっとたどり着けるようになっていたようです。

ただし、ホームセラピー以外に方法が無いわけではありません。
2歳に満たないような本当に小さい子供でも、療育を必要とする場合は、療育を専門とする学校にスクールバスで通うことができます。

そのような学校は、ムッチー君が住んでいる地域にたくさんありましたが、その中に、DDIという名前の、とても有名なABAを行う自閉症児のためのプレスクールがありました。DDIは、重度の自閉症児を含めても、卒業生の9割が学区の普通の小学校に通えるようになる(おそらく付添い付きも含めて)という、驚くべき実績を持っていました。

ところが、ムッチー君の両親がDDIに電話してみたところ、「すでに入学希望者がたくさん待っていて、1年半待ちになります」ということでした。

ムッチー、ABAセラピーを受ける

ムッチー君は、キャサリン=モーリス著「わが子よ、声を聞かせて」にもある、典型的なロヴァース法の課題を2歳0ヶ月から約2年間行いました。

最初の14ヶ月は、3〜4人のABAセラピストが交代で行い、帰国後は、ムッチー君のお母さんが友人の女性といっしょに2人で行いました。

3年目以降は、はっきりとしたロヴァース法の課題はやめましたが、もっと自然な形の机上の課題や、機会利用型の行動療法を中心に療育を行いました。

1週間に何時間のABAを行ったか、ということですが、2年間のうち、最初の1年は週20時間のDTT(ディスクリート・トライアル)を行いました。

これに加えて、日常での般化(この場合は主にマンドトレーニング)があり、ABA全体で週40時間くらいになりました。次の1年間はDTTの時間数が減って最初は週14時間でしたが、だんだん時間数が減って2年目の後半には週5時間になりました。

しかし、このことは、必ずしも療育全体の時間数が減っているということを意味しません。その理由は、年齢が上がるにつれて、DTT以外のABAの割合が増えており、日常での般化に重点が移っていったからです。

全体としては、ムッチー君が周囲と関わる時間は年齢とともに増えてきています。

図 ムッチー君のセラピー

上の図は最初の18ヶ月に受けたロヴァース法ABAとその時期を表すものです。

図の一番上にある0から18までの数字は、ABAを始めてから何ヶ月かを示し、各プログラムの名前の()内の数字は、何種類の単語をマスターしたかを示すものです。

また、垂直の矢印は、「ファースト・マスタリー」といって、最初にその課題が理解できたときを示します。たとえば、動作模倣はABA開始後1ヶ月から始めて、2ヶ月目の後半に最初の課題が理解できています。

また、音声模倣は5ヶ月を過ぎたときにはじめてできるようになりました。
ムッチー君は、最初の数ヶ月間は、ただ椅子に座るだけでもいやで、よく泣いていました。

セラピストは1回あたり2時間のセラピーをしてくれますが、実際にABAの課題を行うのはそのうちの半分の1時間です。なぜなら、例えば1個の課題に5分かかると、その後の5分間、ムッチー君は机から離れて自由に過ごしてよく、おもちゃで遊んだり、ふらふら部屋の中を走り回ったりしていいのです。

そして5分経つと、次の課題をやるために机につきます。
(よくDTTを「週○時間」というのは、この休憩の時間を含めています)

セラピーの課題は、いつもスモールステップとDTTで行われ、10回の試行をひとつの単位とします。課題の成功・不成功がムッチー君にはっきりとわかるように、ムッチー君が課題に成功すると、セラピストはお菓子のごほうび(強化子)をあげたり、トークンをあげたりします。

同時に、「よくできたね!Good job!」などのたくさんのほめ言葉を与え、食べ物とほめ言葉が必ずリンクするようにします。アメリカ人は、普段でも人をほめることが上手ですが、アメリカ人のセラピストがムッチー君をほめるときは、表情や、全身を使ってのジェスチャーが入って、ほんとうに大げさにほめていました。

一方、不成功のとき、セラピストは何も言いません。ごほうびもなく、ほめ言葉もなく、ただ静かなまま次の課題に進みます。ただし、不成功が続いたときは、ムッチー君に、これなら絶対にできるという、簡単な課題が与えられ、最後の回は成功で終わらせるようにしていました。

時間が経つにつれ、ムッチー君はこの教育システムに慣れてきましたが、最初のうちは何がなんだかわからないので、泣いてばかりでした。2時間のうち、半分以上を机につけなくて終わってしまうこともしばしばでした。

だって、それまでは目の前に欲しい物があるとき、貰えないことはほとんどなかったのに、今はそうではないのです。いわゆるパニックを起こして、なんのために泣いているかもよくわからない混乱状態になりました。

そんなとき、セラピストは何も言わず、ただパニックの波が去るのを待ち、落ち着いてきたところを見計らって椅子に誘導し、ごほうびをあげたり、ほめたりして課題を進めていました。

最初のうち、ムッチー君が泣く原因はそんなものでしたが、次第にシステムを理解すると、泣く原因も変わってきました。ムッチー君は課題に失敗したときだけ泣くようになりました。どうも、できると思ってやったことが不正解で、とても悔しかったようです。

しかし、ムッチー君がセラピー自体をいやがることは あまりなく、程なくして、セラピストが家の中に入ってくると、いそいそといっしょにセラピー部屋に入っていくようになりました。

また、セラピストが来る時間になると、なんとなく真顔になって考えていたりして、セラピーの前に心の準備をしていたみたいです。ムッチー君がセラピーでほとんど泣かなくなったのは半年ほど経ったときです。

ただし、その代わり、床にごろごろ転がる行動が目立ち始めました。
セラピーに飽きたり、よくできない課題が続いたりすると、いやになって机の下に潜り込み、寝ころびます。

チームリーダーのテリーさんは、「これはコンプライアンス・イッシューよ」と言って、辛抱強く待ち、ムッチー君が再び椅子に座るとものすごくたくさんほめてくれました。

アメリカを発つころにはムッチー君は床にごろごろすることもなくなり、セラピーの最初から最後まで非常に協力的になりました。

実は、最初の1年間、DTTを受けていたにもかかわらず、ムッチー君の会話能力はあまり伸びませんでした。けれども一つだけ、自分から言葉を発するようになりました。

それはいつも欲しい物のことでした。例えば、ムッチー君はリンゴが大好きだったので、それを欲しいときは「apple」と言葉で表現しました。

それまで、ムッチー君は、欲しい物があってもどうすることもできず、ただ地面に倒れて泣くだけでした。お母さんはその理由をテリーさんに聞いてみました。テリーさんは、「ムッチー君は、自分が何を欲しいか、よくわかっていないのよ」と言いました。

お母さんはまたまたショックを受けて、「欲しい物がわからない状態って、そんな簡単なことが!」と考え込んでしまいました。

確かに、4歳くらいまで、ムッチー君には要求語以外の自発(自分から話しかける)の言葉がほとんどありませんでした。けれども、その間、決してDTTの効果がなかったのではなく、ムッチー君がDTTで習った言葉を自由に使えるまでに、何年かかかっていたようです。

要求語自体はバリエーションが増え、欲しい物のほかに、行きたくない場所や、嫌いな音に対してそのように伝えることができました(例「歌をやめて!」)。その後、5歳くらいまでに、多少やりとりのある会話ができるようになりました。

6歳を過ぎた現在は、たどたどしい面がありますが、「?しちゃった!」とか、「おふろ入らないよー」など、子供らしい言葉使いで話します。

また、家族が話しているときにも、割って入って会話に加わろうとします。
自分に注意を向けるように促したり(例「ねえママ、聞いてる?」)、自分から質問したり(例「今日はどこ行く?」)、自然な形で一日中誰かと関わっています。

さらに、多くの言葉を幼稚園のお友達から学んでいるようで、「ふざけんじゃねぇ!」なんて言ったりもするんですよ。

補足

DTT(ディスクリート・トライアル)

日本語では不連続試行と呼ばれます。

DTTは、言葉によるコミュニケーションの一部の要素だけを取り出して集中的に訓練すること。
物と物とのマッチング、動作模倣、音声模倣、簡単な音声指示が代表的なものです。

これらの課題は、言葉によるコミュニケーションの一個一個の部品ですから、いずれはDTTで学んだことをつなぎ合わせてコンプリート(完全なもの)にしないといけません。

トークン・システム

特に、3歳以降、強化子にトークン・システムが使われました。

市販のマグネットボードにマジックで枠を3〜10個書き、ひとつ課題ができる毎に一個のマグネットを付けていきます。マグネットが枠の数だけ埋まったら強化子(音の出るおもちゃなど)が貰えます。こうすることで、強化子と強化子の間に間をおくことができます。

また、2〜3回に一回しか強化子を貰えない「VRスケジュール」というのもよく行われました。
これらは、強化子がなくても課題ができるようするための移行の手段です。

DTT以外の療育

ムッチー君は、当初からあまり般化が上手くなく、デスクで行った課題を日常で行うのが困難でした。それは、部屋や人などが少しでも違うと、ムッチー君は違う物として認識してまうからです。そのため、般化には長い時間が必要でした。

ムッチー君が今までに受けたDTT以外の療育は、マンドトレーニング(2歳0ヶ月?)、機能的な般化(3歳6ヶ月?)、AVBの自発の質問(4歳?)、指人形遊び(4歳半?)、ピアノ(般化の一端として。4歳4ヶ月?)、言語療法(4歳半?)です。

集団は幼稚園に年少から一部付き添いで入っています。
個人的な感想では、DTTは、まだ認知が未熟な自閉症の子供に行うには適切なレベルのABAであり、それ以上のものは当面あり得ないと思います。

一方で、DTTには「食べ物を使うのはよくない」とか、「ロボットを作る」とかいう批判があります。しかし、それは、療育関係者ではない人から出ていたり、古い情報に頼っていて、現在のABAセラピーをよく知らない人から出ていたりするようです。

また、アメリカでもABAセラピストの質に問題があることが多々あり、良質なセラピストの育成が大切だと言われています。

ただし、気を付けたいのは、言葉の療育としてDTTだけを行えばそれでいいかというと、そうではないということです。

言葉はコミュニケーションのための重要なツールですが、自閉症児には(1)言葉の意味を教えるとともに、(2)言葉の使い方も教えなくてはなりません。

ファンクショナルな言葉の使い方を学ばせるためには、DTTに加えて、同等の時間を日常での般化に使う必要があるのです。

少なくともムッチー君は、DTTの終了以降も、2年以上をかけてそのための訓練をしています。それは、DTTによって得た能力を生かすため、日常での般化がもうひとつのポイントになるということなのです。

ムッチー君、3歳になる

ある日、ムッチー君が2歳半を越えたとき、テリーさんはお母さんに、
「そろそろプレスクールのことを考える時期だわ」と言いました。
アメリカでは、3歳を越えるとアメリカの子供達の教育はプレスクールと言って、州の管轄から学区の管轄になるのです。

学区では、ふつう、自閉症の子供は DDIのような学校に入ることになっていて、家で行うホームセラピーには予算が通りにくいという話でした。これは、前述したように、ホームセラピーには大変お金がかかるので、学校へ通うのが大変な小さい子ならまだしも、3歳以上の子供には適応できないというのが理由のようです。

しかし、DDIに空きはありませんでしたから、ムッチー君は3歳の9月(新学期のはじまりは9月)になっても、すぐにDDIに入学することができず、家でもABAを受けることができないのです。これでは困りますから、テリーさんと両親は、コーディネーターのビビアンと相談して、秋以降も家でホームセラピーを続けられるように、学区に申請することにしました。

特に、ムッチー君の場合は、11月に日本に帰国することが決まっていたので、プレスクール期のホームセラピーは、9月と10月のたった2ヶ月ほどで済みます。
これなら短いですから、予算が通るのではないかということでした。

EIPのときと同じように、プレスクールでABAを受けるためにも発達検査が必要でした。
検査のあとには20ページ以上の報告書が作成されました。

IEP(個別教育計画)が組まれ、日常生活、言語、社会性などについて「今、彼には何が必要か?」ということが記述されていました。
このときのムッチー君の検査の結果は、表出言語が下から3%、受容言語が下から1%ということでした。

そして、プレスクールが始まる前の6月のある日、学区の小学校の一室で、親、学区の責任者、実際に検査を行った専門家の間で、検査結果をもとに会議が開かれました。

そして、たった15分の短い話し合いの後、ムッチー君はプレスクール期も、家でホームセラピーを受けられることに決まりました。

このころ、ムッチー君の療育は英語から日本語に変わりました。
チームリーダーのテリーさんが、どのみち日本に帰国するならそのほうがいい、と考えたのです。といっても、私たちが住んでいる地域では、スペイン語を話すセラピストはいましたが、その他の言語となると、まず見つからないようでした。

そこで、テリーさんをはじめとする療育チームのみんなが日本語の発音を練習して、それをABAでムッチー君に教える、ということにしました。詳しいことは省きますが、テリーさん達が日本語を学ぶためには、チームミーティングでの練習と、少々の仕掛けが必要でした。

プレスクール期のホームセラピーは、EIPのホームセラピーと少し違う点がありました。
それは、IEPの中に集団生活への適応が含まれていたため、セラピーの内容にもそれを意識したものが盛り込まれたということです。

ひとつは「トランジション」といって、ある場面から次の場面に移るときに、スムーズに移れるための練習。たとえば、遊びの時間から、合図とともにお片づけをして、おやつの時間へ移行する練習。言うまでもなく、自閉症児は場面転換に合わせるのが苦手ですから、それに慣れておくためです。

もうひとつは、「サークルタイム」といって、先生が絵本を読むのをみんなで座って聞くもの。同じ場所に留まることが苦手なムッチー君のために、特別な座布団が用意されました。ムッチー君がその座布団の上にある程度の時間いられたらごほうびがもらえるのです。

ちょうどプレスクール期にさしかかるときに、トイレトレーニングもスタートしました。
トイレトレーニングの基本は、トイレに行く前に「トイレ」と言わせること、トイレに一定の時間座れたらご褒美をあげること、トイレの中で遊ばせないようにすることなどでした。

結局、ムッチー君のオムツは4歳近くになってやっとはずれましたが、自閉症児の家族が外出するときを考えたとき、トイレトレーニングはとても大切な要素だと思います。

補足

プレスクールの発達検査

発達検査では、必ず結果が偏差値やパーセンテージで表され、子供全体の集団の中で、その子の遅れが全体の中のどの位置にあるのかが明確に示されています。

もちろん、遅れが大きい子ほどたくさんの援助を必要とするわけですから、このことは大変よいことだと思います。

NY州の法律によると、下から5%以内に入っている子供は何らかの特別な教育を受けられることになっていました。

ムッチー君、日本に帰る

ムッチー君が3歳を少しすぎたとき、そして、ABAをはじめてから1年以上が過ぎたとき、ムッチー君は日本に帰ることになりました。

チームリーダーのテリーさんは、日本に帰るにあたって、ムッチー君のために大事な準備をしてくれていました。

お母さんから、日本にはABAのセラピストがいないらしい、ということを聞いて、帰国後もお母さんがムッチー君にABAができるように、セラピーのやり方について事細かに教えてくれました。

ムッチー君はその時までに、日本語で物の名前、数、色、形、そして日本語の動詞もいくつか知っていましたし、すでに簡単な2語文を習得していました。

約14時間の飛行機の旅も無事こなし、成田空港に着きました。様々な事情から、ムッチー君は東京に4ヶ月ほど滞在した後、ある地方都市-さほど都会でもないところ-に移り住みました。

そこで、ムッチー君は幼稚園に通って、ピアノを習って、プールで泳いだり、そりで遊んだり、お手伝いで貯めたお金でゲームをしたり、いろいろな人に会い、いろいろなよい経験をしたのですが、そのことはまた別の機会にお話したいと思います。

以下の話は、ムッチー君が東京に滞在していたときのものです。
ムッチー君のお母さんは、4ヶ月の間に、東京に住んでいる自閉症児の親や、療育関係者に会ってみましたが、その中にABAのことを知っている人はほとんどいませんでした。いえ、正確にはみんな、外国にABA(または早期介入)という奇跡みたいな方法があり、小さいうちからそれを受けるとふつうの子供のようになる、という噂を聞いていました。

しかし、多くの人はその話に対して半信半疑で、そんなのは信じられないといった様子でした。
そりゃ、そうです。当時、テレビでも新聞でも、本でも、ABAなんて紹介されていないし、ABAで「ふつう」になった子供なんて、その辺にうろうろしているわけではないのですから!

しかし、これはムッチー君のお母さんにしてみると大変な衝撃でした。
なにせムッチー君が住んでいたニューヨーク州では、周りの人に「わたしの子供は10歳の自閉症児なんですが、ちょっと前まではABAがなかったの。今はいいわね、ABAがあって」とか、「早期介入でここまで行っていたら、ムッチー君は普通の小学校に入れると思う。よかったわね。」
とかって言われて日本に帰国したのですから...。

ムッチー君が住んでいたニューヨーク州では、自閉症児の親たちは、概ねとっても自分の子供のことに熱心でした。一番いい医者は誰だとか、どうやってホームセラピーを獲得するのかとか、DDIみたいなよい学校はないかとか、みんな一生懸命に情報を集めていました。インターネットでは、毎日、そういったことに関する実際的な情報や、賛否両論入り交じった、熱い議論が飛び交っていました。

また、近くの病院では自閉症児の親の会合、親へのセミナー、さらには自閉症児の兄弟のためのセミナーがあったし、ABAセラピストのワークショップも開かれていました。
しかし、今、東京という日本で一番大きい都市で、どうやったらそういう人達に巡り会えるのか、まったくわかりませんでした。

結局、幸運なことに、お母さんは、東京でうろうろしているうちに、アメリカ東海岸から帰国したばかりの行動療法の専門家に巡り会うことができ、その人にムッチー君を見てもらうことにしました(注1)

その人は家にも来てくれて、ムッチー君のために、ABAを日常の生活の中に取り入れるように、どんなことをしたらいいかを教えてくれました(これは「般化」と呼ばれるもので、ABAの中でも一番難しい要素です)。

また、ムッチー君が幼稚園みたいな集団でどんなふうに過ごしたらいいか、いろいろなアドバイスをくれました。

さて、この原稿を書いている時点で、帰国後3年が経ちました。
ムッチー君が「ふつう」になったかどうか、これを読んでくださっている方には気になるところだと思います。

答えは、ムッチー君はしゃべるようになったものの、まだいろいろな面で「ふつう」の子とはちょっと違うのです。バイリンガル環境であったために、いまだに言葉の遅れが目立ちますし、その他では、集団行動は苦手、新しい場所が苦手、新しい物事に接するのが苦手です。

また、ふつうの人と違った視点から物事を捉えているようで、時として会話がちぐはぐです。もちろん、ABAは自閉症の根本治療ではありませんから、ムッチー君はあくまでムッチー君なのです!

でも、今のムッチー君は幼稚園のお友達には人気者で、自分自身も幼稚園の友達や家族のメンバーが大好きです。

愛情ということに関して、たとえば、自分から「ママだい好き、ママー、『ムッチーくん、かわいい』って言って!」と言ったりして、そのあたりはふつうの感性の持ち主です(注2)

みなさん、今一度、「インクリュージョン」という言葉の意味を思い起こしてください。
それは、無造作に作った粘土に凹凸があるように、出っ張ったところがうまく凹んだところにはまって、全体としてうまくまとまっていく、ということではないでしょうか。

このムッチー君の話は、主にABAの話ですが、要は、ムッチー君のような子供が社会に溶け込むためには、周りの手助けも必要ですが、本人にもある程度の技術(社会性や言語など)が必要、ということなのです。

そのためには、早期の療育が大切なのは言うまでもありません。
今はまだいろいろなことが試行錯誤の時かもしれませんが、将来、療育の種類を問わず、全体が無理なくそのような状態に持っていけるといいですね。

補足

日本の行動療法

お母さんは縁があって、都内の発達センターに行って、そこの職員の方たちとお話をしてきました。発達センターの人たちは、ムッチー君がアメリカでABAを受けたと聞くと、どんなことをやったのか大変興味を示していました。

ある職員の方の話によると、日本自閉症協会では主に受容の考え方やプレイセラピーを勧めているが、一方で行動療法も取り入れており、その両面性を持っているということでした。

ただし、ここで言う行動療法とは、アメリカの早期介入とはかなり違うもので、自閉症の子供1人1人に、行動療法の考え方(行動学)をもとにした対応を取るということでした。

それはつまり、アメリカでムッチー君が受けたABAが、どちらかというとトレーニング的で、マニュアルもあり、かなり系統だったものであるのに対し、日本で言う行動療法というのは、主に、自閉症の子供が、学校や家などで問題行動をしないように教育していくためのもののようでした。

また、都内には、いくつかの民間の療育機関があり、行動療法の考え方を積極的に取り入れているようでした。しかし、どこもムッチー君が受けたようなABAのことは、よく知らないようでした。

(注1 ▲)
ムッチー君は塗り絵をしながら話を横で聞いていましたが、その人が帰るときに、まるでその人がアメリカに住んでいたことを見透かしたように、英語で「see you! (さよなら!)」と言いました。

(注2 ▲)
ムッチー君はABAセラピーの中で、自分の意志を他人に伝える訓練もしてきました。
自分の要求を他人に伝える訓練を「マンドトレーニング」と呼びます。
ムッチー君が受けた言葉のトレーニングのうち、約半分はマンドトレーニングでした。
今になってみると、ムッチー君がこんなふうに自分の気持ちを言葉で言えることができるということは、この例に限らずとても大切なことだと思います。

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