ABAミニ知識
第13号 2007.06.07:「弁別刺激」
<ABAミニ講座>
今週のテーマ「弁別刺激」
4 回目を迎えた「ABAミニ講座」、今月のテーマは「弁別刺激」です。
前回、「オペラント条件付け」のお話しをしましたね。
反射行動を除く私たちの日常の行動のほとんどは、「オペラント」と名付けられています。
そのオペラントは(面倒なので、以下、「行動」と言い換えます)、その直後に、その人にとって「ほうび」となる刺激、つまり強化子(強化刺激)が与えられることによって、以後増加する性質があります。これが「オペラント条件付け」です。言い換えれば、「強化」のメカニズムです。
これを「つみきブック」では、
行動 → ほうび(強化子) → 行動の増加
と説明しています。
では「弁別刺激」とは何か、というと、「つみきBOOK」では「指示」と呼んでいるものにあたります。
子どもに何らかの指示を出し、最初はプロンプトして、望ましい反応を引き出し、ただちにほうび(強化子)を与えて強化します。
例えば「あたま」と言う指示を出して、すぐに手を取って(プロンプト)、頭にさわらせ、頭にさわったら(反応)、ほめたり、お菓子を与えたりします(強化)。
これを繰り返しながら、徐々にプロンプトをなくしていくと、やがてプロンプトなしでも指示に反応するようになるんでしたね。つまり
指示 → 行動(反応) → 強化子
という関係が出来上がります。(ちなみに、ここでは「反応」と「行動」を同じ意味に扱います)
指示は、その直後に子どもが(別に子どもだけに限りませんが)特定の行動(例えば頭にさわる)を取ったときだけ、強化子が与えられることによって、徐々にその行動を引き起こす力を持つようになります。
ただ、同じような仕組みで、特定の行動を引き起こすようになるものは、何も言葉の指示だけではないはずです。
例えば、おいしそうな冷たいオレンジジュース(ビールの好きな人はビールでもいいです)の入ったグラスが目の前にあったとすると、私たちはそれを手にとって飲みます(のどが渇いていれば、ですが)。
この行動は、生れながらのものではありません。ジュースの場合は、お母さんが離乳食として飲ませてあげるうちに、徐々に好きになっていきます。ビールがうまいことを学習するのはもっと後ですね。
いずれにしても、最初はおっかなびっくり試して飲んでいるうちに、その都度強化されるので、やがては、冷たいジュースやビールを目の前にする度に、手にとって飲む、という行動がスムーズに起るようになるのです。
このとき、手にとって飲む、という行動を引き起こしたのは、「飲みなさい」という他人の指示ではなく、目の前にあるジュース(ビール)そのものですね。 これを弁別刺激と言います。専門用語で、SD (Discriminative Stimulus)と呼びます。
つまり弁別刺激とは、その直後に特定の行動が起ったときだけ、強化子が与えられることによって、その行動を引き起こす力を持つようになった外界の刺激、すべてを言います。そこにはジュースの入ったグラスのような視覚刺激も含まれるし、指示の言葉のような聴覚刺激も含まれます。
例えば、私たちが子どもに片手を上げる動作模倣を教えるとき、「こうして」と言いながら、片手を上げますね。この時の弁別刺激は、「こうして」という指示の言葉と、手を上げてみせる動作、の両方です。
マッチングの時、「一緒にして」と言いながらおわんを渡したりしますが、このときの弁別刺激は、「一緒にして」という指示の言葉だけではなく、テーブルの上のおわんと、手渡したおわんも弁別刺激です。むしろここでは指示の言葉よりおわんの方が重要でしょう。
なぜなら、マッチングが得意になると、「一緒にして」と言われなくても、だまっておわんを手渡せば、テーブルの上のおわんに重ねるようになるからです。
この弁別刺激、という概念は、私たちの子ども(子どもだけに限りませんが)の行動を理解するためにとても重要です。
例えば、夜私が帰ってくると、頭を掻き出します。普段、母親だけの時は、頭を掻くことは禁止されているのですが(頭皮をつまんでかさぶたを作ってしまうので)、私が帰ると、私がかばってくれるので、頭を掻いても大丈夫、ということが分かっているのです。
この時、私の存在は、頭を掻く、という問題行動の弁別刺激になっています。
もう一つ例を挙げると、外出中に子どもと手が離れたとき、大人が追いかけようとすると、ぱっと逃げていく子どもがいます。
この場合は、過去に大人が追いかけ始めたとき、自分が逃げると、(子どもにとって)楽しい追いかけっこが始まる、という経験を何度も積んで強化されているので、「大人が追いかけ始める」という視覚刺激が弁別刺激になって、「逃げる」という行動が引き起こされるのです。
こうなると、車道に飛び出したりして大変危険ですから、外出中は下手に追いかけないようにしなければ行けません。
子どもにゆっくり近づいていき、子どもが逃げたらすぐにストップして、追いかけっこの挑発に乗らないようにします。そうすれば、「大人の接近」という視覚刺激があっても、その直後の「逃げる」という行動を強化しませんから(追いかけてこないので)、大人が接近してきても逃げなくなるのです。
これは、問題行動を理解するために、弁別刺激、という概念が役に立つ例でしたが、よい行動を自発させるためにも、弁別刺激、という概念を知っておくと便利です。
学校で、付き添いの大人が指示しないと、げたばこで靴を履き替えることが出来ない子がいるとします。指示すれば素直に履き替えるので、この行動が出来ないわけではないのです。
ただ、この子の場合は、大人の指示が弁別刺激になってしまっていて、げた箱の存在(正確に言うと、朝、登校してきた自分と、目の前のげた箱、その中の上履き)、が弁別刺激になっていない、と考えられます。
そういうとき、どうしたらいいか、というと、大人の指示をプロンプトと考え、徐々にそれをフェーディングしていきます。
例えば、朝、登校してきたときや、休憩時間や体育の時間に外に行くとき、子どもがげた箱の前まで来たら、最初は「履き替えて」といった言葉の指示を出しますが、それと同時にその子のげた箱の中の靴を指さしたり、無言で子どもの靴をさわったりします。
これは、言葉かけより、無言の合図の方が、フェーディングしやすいからです。 子どもがこれに馴染んできたら、徐々に声かけを小声にしていき、ついには、無言で指さすだけにします。
プロンプトのタイミングも大切です。げた箱の存在を弁別刺激にするためには、子どもがげた箱の前に来た直後に、すかさず靴を指さすなどしてプロンプトしないと行けません。プロンプトが遅れると、いつまでもプロンプトに依存してしまい、なかなか本来の弁別刺激と行動が結びつかないのです。
タイミングを遅らせないまま、徐々に指さしを曖昧なものにしていき、最後には、げた箱の前についたときに、ちょっと肩を軽くさわるだけにします。それで履き替え行動に移れたら、直ちに暖かくほめてあげます。
最後には、その軽くさわるプロンプトもなくします。
そうすると、ついにげた箱とその前に来た自分、を弁別刺激にすることができた、というわけです。 このように、何を弁別刺激とすべきか、という着眼点に立つことになれると、子どもの自発行動をうまく引き出していけるようになります。皆さんもやってみて下さい。
藤坂