ABAとは
ことばの遅れと自閉症
わが子のことばの遅れが気になっている親御さんへ。
1才半を過ぎても、発語がない。2才になっても、一握りの単語からなかなか増えない。あるいは発語はあるが、一方通行で、大人との会話が成り立たない…などの症状があれば、何らかの障害を疑う必要があります。
さらに目が合いにくかったり、「見て見て」とばかりにお母さんの注意を引く反応が乏しかったりしたら、自閉症を疑う必要があるでしょう。
自閉症とは、正式な診断名を「自閉スペクトラム症」または「自閉症スペクトラム障害」(ASD)と言います。発達障害の一種で、①社会性の障害(模倣をしない、目合わせが悪い、同年代の子どもに興味がない、関わりが一方的など)、と②常同性・固執性(単調な行動の反復、狭い興味、ささいなことへのこだわりなど)が共通の特徴ですが、多くの場合、さらにことばの遅れや知的な発達の遅れを伴います。一生ことばを話せない子も少なくありません。
ABAとは
そんな深刻な障害である自閉症ですが、海外で有効性を認められた治療法があります。それがABAです。
ABAは日本語で「応用行動分析」(Applied Behavior Analysis)と言います。1930年代に米国ハーバード大のB.F.スキナー博士が創始した、人間や動物の行動に関する科学である行動分析学の成果を、人間社会の様々な問題の解決のために応用するものです。様々な分野に応用されていますが、中でも自閉症を含む障害児療育の分野で、優れた効果を発揮しています。
障害児療育法としてのABAは、その子の増やしたい具体的な行動(目合わせ、模倣、発声など)を、最初は「プロンプト」と呼ばれる手助けをして促し、それができたら、すばやく本人にとって好ましい刺激(これを「強化子」と言います。おもちゃやお菓子、ほめ言葉、好きな活動などです)を与えて強化する、という方法を取ります。
ABA早期集中療育の衝撃
ABAは様々な障害を持つ子どもや成人に有効ですが、中でも自閉症治療の分野で、目覚ましい成果を上げています。
1987年、米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)のロバース博士が、ABA療育の画期的な成果を発表しました。それによると、2~3才の、ほとんどが軽度から中度の遅れを持つ幼い自閉症児19人(IQ≧37。2人のみ当初から高機能)に対して、週40時間の1対1のABA療育を2年以上継続しました。すると、そのうち約半数の9人(約47%)が、小学校入学までに知的に正常域に達し、かつ自閉症の前歴を知らない学校当局者の手で小学校普通学級に付添いなしの入学を認められ、一年生を無事に終了した、というのです。19人の平均IQは、ABA実施前の63から83へと20ポイント増加しました。つまりロバース博士は、知的遅れのある自閉症児でも、ABAを早期に集中的に施せば、小学校入学までに健常児にキャッチアップできる可能性を示したのです。
このABA早期集中療育(ロバースらは「早期集中行動介入(EIBI)」と呼びました)の劇的な改善効果は、その後も主にロバース博士の弟子たちによる追試研究によって繰り返し確認されました。例えばスミスらの2000年の研究では、1才半~3才半の軽度から中度の知的遅れを持つASD児15人に対して、ロバースより少ない週25時間のABA個別療育を1年半以上実施したところ、平均IQが51→67と16ポイント上昇し、15人中4人(27%)が小学校普通学級に付添いなしで入学しました。
これらの研究の結果、北米では、ABA早期集中療育は、特に自閉症治療の分野で、エビデンスに裏打ちされた高い改善効果があると認められ、今では全米すべての州で医療保険給付の対象とされています。また隣国カナダでも、ほぼすべての州でABAが公費援助の対象となっています。
日本の現状
日本でも、最近ではABAの有効性が知られるようになり、児童発達支援事業所でABA個別療育を謳うところも増えてきました。しかしこういった事業所の中には、ABAの名前だけ謳って、中身が伴っていなかったり、スタッフの教育が不十分なところも多く、注意が必要です。
また日本では、北米に比べてABA に対する公的な認知度が低く、ABAに特化した公費支援が行われていません。そのため、民間療育機関が本格的なABA個別療育を提供しようとしても、採算の面で、せいぜい週1,2回、1回1時間程度というところがほとんどです。これでは、ロバースらが成果を出した週25~40時間には遠く及びません。
親がセラピストになる。家庭でセラピーをする
ではわが子をよくするにはどうしたらよいのでしょうか。そのためにつみきの会がお勧めするのが、「親が自らわが子のセラピストとなること」そして「家庭でABAセラピーをすること」です。
実はABAセラピーは、しっかりしたマニュアルさえあれば、親でも行うことができます。いや、むしろ親が自らABAを学び、わが子にセラピーを実施してこそ、わが子をより確実に伸ばすことができるのです。それはロバース博士のお考えでもありました。
ロバース博士の方針転換
ロバース博士は前述の研究を1987年に発表する20年以上も前の1960年代から、自閉症児に対するABA治療の研究を行なってきました。当初は、自閉症の子どもを親から引き離し、大学のクリニックに入院させて、学生たちの手でセラピーを行なっていました。そして親にはABAのやり方を教えませんでした。ABAは親には難しすぎる、と考えたのです。
すると子どもたちは、ABAのおかげでことばを獲得し、ほかの面でも改善していったのですが、治療期間を終えて子どもを家庭など元の環境に戻すと、クリニックで学んだことを生活の場で発揮できず、学んだことも徐々に忘れて行ってしまう、ということが分かりました。自閉症児は一つの環境で学んだことを、ほかの環境に応用すること(これを「般化」と言います)が苦手なのです。
そこでロバース博士は、二つの点で方針転換することにしました。
①「家庭でセラピーを」
まずクリニックでABAをするのではなく、学生セラピストを家庭に派遣して、家庭でセラピーを実施することにしました。ロバース博士は、「自閉症児が学んだことを他の環境に般化することが苦手なのなら、最初から子どもの生活の場である家庭で教えればいい」と考えたのです。
②「親をセラピストに」
次に、親にABAセラピーの原理と方法を教え、学生セラピストが来ていない時間や、そのほか生活のあらゆる機会を利用して、親がABAで子どもを教えるようにしました。学生の治療期間には限りがありますが、親なら半永久的に子どもと一緒にいるため、いつまでもABAに基づく関わりを継続できる、と考えたからです。
この方針転換は成功を収めました。親が治療に参加して、家庭で教えることによって、子どもたちはセラピーで学んだことを、日常生活でも発揮できるようになりました。また学生による治療期間が終わっても、親の手でセラピーが続けられたので、退行が起こらず、進歩が継続することが分かったのです。
この新しい方針は、その後のロバース博士の早期集中療育プロジェクトにも引き継がれました。それが最初に紹介した、1987年に発表された画期的成果につながるのです。
ABAは親でもできます。わが子を療育機関任せにせず、親が自ら、家庭でABAホームセラピーをすることで、子どもをより確実に伸ばすことができるのです。
まず1日1時間から
「でも週25~40時間なんて無理」。そういう声が聞こえてきそうです。確かに親だけで(あるいはセラピストを雇って)1日3~6時間のABAを継続的に実施できるご家庭は、ごくわずかでしょう。
しかし幸い、ABAはもっと少ない時間でも効果がある、という研究がその後、数多く発表されています。
そのうちの一つ、つみきの会が2007年度から3年間、厚生労働省の科学研究費の助成を受けて行った共同研究によると、1才半~3才半の自閉症児11人に対して、つみきの会に入会した親が1日1時間以上(当初1ヵ月の平均で1日70分)のABAセラピーを1年間続けたところ、平均発達指数(DQ)が55.8→69.4へ、約14ポイント上昇しました。一番伸びた子どもは、1年間で62から128に劇的に上昇しました。
ですから私は、「まず1日1時間を目指しましょう」とお勧めしています。朝30分、夜30分でもかまいません。細くても長く続けることで、子どもの継続的な進歩が期待できます。そのうえで、余力があるご家庭は、1日2時間、あるいは3時間を目指されるとよいでしょう。
親だけが負担を担うのではなく、プロのセラピストの訪問セラピーを受ける、という方法もあります。つみきの会では、主に大都市圏を中心に、全国でセラピストによる訪問セラピー&コンサルティングサービスを実施しています。
共働きなどの理由で、デスクでの本格的なセラピーは無理、というご家庭でも、あきらめることはありません。つみきの会には、週末だけでもセラピーに取り組んでいる、というご家庭もたくさんいらっしゃいます。また日常生活の中にABAを取り入れて、いろんな機会に少しずつ教えてあげることも可能です。
ABAの適齢期
これまでの研究では、ABAは1才半~3才半の間に始めることで、最も伸びが期待できることがわかっています。しかしそれでは4,5才ではもう遅いか、というとそんなことはなく、ロバース博士の初期の研究では主に4,5才のお子さんを対象にして、成果を上げています。4,5才からの劇的改善例も報告されています。「遅すぎる」とあきらめないで。まだ十分に間に合います。
小学生になってからだと、さすがに劇的な改善は難しくなりますが、それでも現在および将来の生活の質を高めるためのいろんなスキルを教えることは可能です。ABAに取り組んでいる支援学校の先生方の報告によると、中等部の学生でも、つみきの会のプログラムは十分役立つそうです。
自閉症でないとだめなのか
従来のABA早期集中療育の研究は、もっぱら自閉症の幼児を対象としてきました。ABA早期集中療育を単なる知的障害やダウン症などに適応した場合、どの程度の効果があるか、に関する研究は、まだほとんど行われていません。
しかしそれは自閉症が特に教育が難しく、通常の教育では改善が難しいから、ABAの研究が集中しているのだと考えられます。ABAは本来、自閉症など、特定の障害に特化した方法ではなく、どんな障害にも合わせられるのです。一部の自閉症幼児に見られるような劇的な改善は、他の障害では実現できないかも知れませんが、ABAはどんな障害を持ったお子さんに対しても、効果的な教育を提供できます。
私たちは親同士励ましあいながら、毎日、わが子の家庭療育に取り組んでいます。2000年に兵庫県明石市で、30人余りの親たちで発足したこの会は、いまでは全国に広がり、千人近い会員を持つまでに大きくなりました。
ABAは決して楽な方法ではありません。でも私たちには、「親としてわが子にできるだけのことをしてあげている」という充実感と誇りがあります。ABAを始めたら、もういつになるか分からないわが子の進歩を待たなくていいのです。動作の模倣、指示の理解、発語、衣服の着脱、おもちゃ遊びなどなど、あらゆることを少しずつ、スモールステップで教えていきます。そしてまた一つ、新しいことができたとき、子どもと喜びを分かち合うことができるのです。
皆さんもぜひ、私たちの仲間に加わってください。お待ちしています。