ミニマガつみき

療育のコツ・子育てのこつ

第14号 2007.06.14:
「比較の中で教える」

<療育のコツ・子育てのこつ>
今日のテーマ「比較の中で教える」

自閉症の子どもに何かを教えようとすると、しばしば健常児とは比較にならないほどの困難に直面します。

それには、協力心のなさ、注意散漫、などいくつか理由があるのですが、もう一つの理由に、物(対象)と名前との1対1の結びつきが、なかなか理解できない、という自閉症児の(?)特性があるように思います。

物の本によると、健常のお子さんの場合、日常生活の中でコップを見せて「コップで飲むよ」と言ったり、帽子を見せて「帽子かぶるよ」と何気なくいうだけで、コップの名前は「コップ」、帽子の名前は「ぼうし」というんだ、と覚えてくれるらしいです。つまり帽子を見せて「ぼうし」と言ってやると、「あ、これは「ぼうし」という名前なんだ」と簡単に理解するわけです。

私は健常児を育てたことがないので、そういう経験をしたことがないのですが、なんかあこがれます。そんなに簡単に物の名前を覚えてくれたら、どんなにか楽でしょう。

しかし私の娘の場合は、そうは行きませんでした。

娘に初めて物の名前を教えようとしたときのことです。まず「ボール」を教えようと思って、子どもにボールを見せ、何度も何度も「ボール」と言って聞かせました。それから「ボール取ってきて」と言ってボールを取って来させたりもして、とにかく「ボール」という言葉を印象づけようとしました。

やがて子どもは、いくつかの物を並べておいても「ボール取ってきて」というと間違いなくボールを取ってこれるようになりました。私たちは(特に妻は)、もう「ボール」という名前がわかっただろう、と思いました。

しかしそれは大きな間違いでした。と言うのは、次に「缶(カン)」という名前を教えようと思って、ボールとカンを並べて、「カン取ってきて」というと、子どもはボールを取ってきてしまったからです。つまり子どもが理解したのは、「とにかくこの、いつも自分のそばにいる大きな二つの存在(私と妻のことです)が何か叫んだら、あの赤い丸い物体を取ればいいんだな」ということだけだったのです。その丸い物体と、「ボール」という言葉を結びつけたわけではなかったのでした。

このように自閉症児に言葉を教えてみると、いくら物を見せて、その物の名前を言っても全然覚えてくれなかったり、逆にお母さんを見せて「ママ」と教えると、誰でも「ママ」になってしまったり、ということをよく経験します。

自閉症児の教育に1960年代から取り組んだロヴァース博士たちも、同じ問題に直面したようです。ロヴァース博士の著書「自閉児の言語」や「ザ・ミーブック」を読むと、初期の苦労がかいま見えます。
しかし彼らの(そして彼らのさらに先駆者たちの)すばらしいところは、私たちと違って、その困難を克服する手段を発見したことです。

それは、彼らに、常に比較の中で教える、ということです。

例えばテーブルの上にボールだけを置いて、「ボール」「ボール」と何度言って聞かせ、その度に子どもにボールをさわらせても、それだけでは子どもは、その物の名前が「ボール」だ、ということを理解しません。

そこで、テーブルの上にボールと、例えばカンを置き、「ボール」と大人が言ったときは、カンではなくボールにさわらせ、逆に「カン」と言ったときには、缶にさわらせるようにします。これをランダムな順番で繰り返し、10試行中8ないし9試行以上正解できて初めて、ボールと「ボール」、缶と「カン」が、物とその名前として結びついた、と言えるのです。つまり「ランダムローテーション」ですね。
ボールとカンで、これが出来るようになったら、今度は他の物とボールとでも同じ手続を繰り返します。比較対照する物が多ければ多いほど、それだけ「ボール」という概念が正確なものになっていきます。ボールとカンだけでやめてしまうと、ミカンだってリンゴだって、丸い物はみなボールと思いこんでしまいかねないですよね。

私たち、つまり私と妻は、苦労してこのことを理解し、娘に合った教え方を身につけました。そうして初めて、娘は本当の意味で言葉を学び始めたのです。ロヴァース博士(とその先輩、同僚、後輩の行動分析学研究者たち)には、ただ感謝するしかありません。

やがて娘は、そんなに厳密なランダムローテーションをしなくても、いろんな物の名前を覚えてくれるようになっていきましたが、その後もずっと、娘に何かを教えるときは、必ず比較対象を用意することが、私たちの習い性になりました。

例えばABAを始めて1年以上経ったとき、ふと、カーテンの名前をまだ教えていなかった、と気がついたとします。その頃にはもう娘はその物の名前を数回言うだけで、結構覚えてくれるようになっていましたから、さっそく窓の側に娘を呼び寄せて、カーテンを見せて、「カーテン」「カーテン」と二度くらい言ってやります。それから「これなあに?」と聞くと「カーテン」と答えてくれます。

しかしそれだけではまだ安心できません。思わぬ物を「カーテン」だと思いこむ可能性があるからです。例えばカーテンの向こうにあるアルミサッシの窓を「カーテン」だと思っているかも知れません。

そこで、すぐにカーテンを開いてアルミサッシを指さし、「これは?」と聞いて、すぐに「窓」と答えを言ってやります。「そうだね。窓はどれ?」と聞くと、子どもはガラス窓を指さします。「じゃあ、カーテンは?」と聞いて、今度はすぐにカーテンの方を指さしてやります。カーテンと窓が区別できたことが分かったら、少し間を置いて、今度はカーテンと窓と壁が区別できているかどうか、確かめます。

こうすることで、カーテンの概念を正確に教えてあげることが出来ます。

子どもに何かを教えるとき、このように最低1つか2つの、子どもがその物と混同しそうな何か別の物と、常に比較対比させながら教える習慣をつけると、子どもが小学校に入ってからも役立つと思います。

例えば引き算を教えるときは、常に足し算との比較で教えます。そうでないと、私たちの子どもは、すぐに足し算でも引いてしまうようになります。かけ算、割り算も同じで、新しい計算を教えたら、すぐにそれまでの計算と対比させて、それと区別させます。そうしないと、私たちの子どもは健常の子の何倍も混同しやすいのです。

藤坂