第46号 2008.03.06:「ABAと行動療法」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「ABAと行動療法」

私自身、未だによくわからないのが、この「行動療法とABAはどう違うのか」という問題です。

もともと、私が10年前にキャサリン・モーリス「わが子よ、声を聞かせて」を読んでこの療法にであったとき、「わが子よ」には「ABA」ではなく、「行動療法」という表現が使われていました。
ですから、私は自分が娘に施している療法をずっと「行動療法」と思っていたし、つみきの会を立ち上げるときも、もっぱら「行動療法」という言葉を使っていました。(つみきの会の当初の名称は「行動療法を広める親と教師の会」です)

ところがその後、日本でこの道の専門家と呼ばれる人たちに会ってみると、彼らは自分たちの方法を「行動療法」と呼びたがらないこと、代わりに「ABA」と呼びたがっている、ということがわかりました。

そこにはいくつか理由があるようでしたが、その一つとして、この療法は60年代か70年代に「行動療法」という名前で日本にはじめて入ってきて、いったんは注目されたのですが、やがて「餌付け」と言われたり、一部施設による乱用があったりして、世間の反発を浴び、退潮を余儀なくされたらしいのです。(聞きかじりの知識なので、どこまで本当なのか分かりません)

そこで、マイナスイメージの付いてしまった「行動療法」という名前をうしろにひっこめて、まだ手あかの付いていない「ABA(応用行動分析)」という、それ自体は以前からあったもう一つの名前を全面に出して、再び日本で売り出そうとしている、ということのようでした。

そこで、私も「行動療法」という言葉をだんだん使わなくなり、代わりに「ABA」と言い出したのです。

その後、大学院に入って少し本格的に勉強し始めて、もう少し詳しいことがわかってきました。

というのは、広い意味での行動療法には、パブロフの古典的条件付けの原理を使って、恐怖症の治療などを行なう分野と、スキナーのオペラント条件付けの原理を使って、障害児の療育などを行なう分野とが大きく分れており、ABAと呼ばれているのは、後者の方であること。

後者はさらに企業の人事管理やスポーツトレーニングなどにも応用され、「療法」という名前に適さなくなってきていること。

そこでますます後者の人たちは自分たちの分野を「行動療法」と呼びたくなくなっているらしいこと、などです。

日本には「日本行動療法学会」と「日本行動分析学会」という二つの学会があって、パブロフの分野に属する人たちもスキナーの分野に属する人たちも、行動療法学会にはどちらもだいたい参加しています。一方、スキナーの分野、つまりABAに属する人たち(彼らをスキナリアンといいます)だけが属しているのが行動分析学会です。

さらに最近、広い意味での行動療法の中には、表に現れる行動だけでなく、頭の中の働き(=認知)も研究対象にしよう、と言う「認知行動療法」という第三の分野が有力になり、これに属する人たちが、日本行動療法学会でも幅を利かせるようになってきているようです。
ところが純粋スキナリアンにとっては、外部から確かめることの出来ない認知という対象を扱うのは邪道です。だから認知行動療法家とABA派は呉越同舟、ということのようです。

さらにいうと、米国ではロヴァース博士の早期集中介入(EIBI)がキャサリンモーリス以後、世間で有名になって、俗にABAといえばロヴァース法(EIBI)を指すほどになっているらしいのですが(学問上はきちんと区別されていて、ロヴァース法はあくまでABAの一部です)、日本でABA研究者と呼ばれる人たちは、だいたいロヴァースに批判的で、「ロヴァースは行動療法的だ」と言ったりします。

ここには、ロヴァースは古い価値観(療法的価値観)に基づいて、障害を克服すべき対象と捉えていたのに対し、自分たちはそういう一面的なとらえ方ではなく、むしろ社会が障害者の生きやすいものへと変化していくべきだ、という新しい価値観に立っている、それがABAなんだ、という思いがあるようです。

どうでしょう。複雑ですよね。

藤坂

第44号 2008.02.21:「機能分析」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「機能分析」

機能分析って何かというと、問題行動が何によって強化されているかを突き止める作業のことをいいます。「機能アセスメント」という言葉もあって、この二つを区別する人もいますが、まあ、同じだと思っておいて下さい。

やり方ですが、基本的に
「問題行動の前に何が起っているか」(事前の出来事)と、
「問題行動の後に何が起っているか」(事後の出来事)
の二つを観察して、そこから、その問題行動の強化子を推理するのです。

例えば、教室で泣き叫ぶ、という問題行動があるとします。そうすると、まずそれがどんな時に起っているか、を観察します。その結果、体育や音楽、理科の実験など、刺激の多い授業のときは余り起らないで、算数や国語など、比較的動きの少ない授業の、それも後半によく起っている、ということが分かったとします。

次に問題行動のあとで何が起っているか、を観察します。そうすると、泣き叫んだ結果、先生が声をかけてくれたり、時には別室に連れて行ってもらったりしている、ということが分かったとします。

この二つのことから、この問題行動は何によって強化されたと考えられるでしょうか。つみきの会の会員さんなら、だいたい分かりますよね。

単調な授業のしかも後半、というと、その子は退屈で、おそらくは苦痛な状況にあったと思われます。一方泣き叫んだ後は、先生が声をかけてくれたり、教室から出してもらったりして、退屈が紛れ、苦痛な状況からは脱出できています。そうした、一言で言えば「注目」や「苦痛な状況からの回避」が、この場合の強化子になっていると推測されます。

機能分析は、ABAの一般向け講習会で、必ずと言っていいほど、取り上げられます。問題行動の解決に役立つので、ABAの「売り」の一つです。 しかしABAの基本原理や問題行動のよくある機能について予備知識のない人に機能分析をやってもらうと、事前事後のどんな出来事に着目したらいいのかよくわからないので、「何を書いたらいいか、わからない」と言われることが多いです。
機能分析をする前に、問題行動のよくある機能、すなわち、①要求の実現、②回避、③注目、④自己刺激、の4つを、よく頭に入れておきましょう。

藤坂

第40号 2008.01.03:「行動連鎖」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「行動連鎖」

私たちの日常の行動の多くは無数の行動連鎖から成っています。行動連鎖は小さな行動の単位から成っていて、一つの行動の結果が次の行動の引き金となる、という形で次々と鎖のようにつながっている、という特徴があります。

例えば皆さんの目の前に缶に入ったよく冷えたコーラ(あるいはビールでも何でもお好きなもの)があるとします。あなたはのどが渇いていて、今すぐコーラが飲みたいと思っています。

するとあなたはまず①コーラを手にとって、②プルタブを引き、③缶を持ち上げて、④ちょっと傾け、⑤飲み口に口を付けて、⑥そのまま缶を傾けつつ持ち上げると共に頭を後ろに引きます。そうすると冷たいコーラが口に入ってくるので、⑦あなたはそれをごくんと飲むでしょう。

この時、目の前にコーラがあることが行動の引き金(ABAの用語で弁別刺激(SD)と言います)になり、①コーラを手に取る、という行動が生じます。手に取った感覚は次の②プルタブを引く、という行動の弁別刺激になります。プルタブを引いて開いた状態は、次の③缶を持ち上げる、という行動の弁別刺激になる、という形で、どんどん最後の行動までつながっているのです。

さらにいうなら、①から⑤までの行動では、まだ口の中にコーラが入ってきていないので、それらの行動はまだ強化を受けていないように見えます。これらの一連の行動を強化するのは、本来、⑥によって口の中に冷たさと甘さが広がることや、⑦によってのどの渇きが癒され、のど越しの心地よい刺激が得られることでしょう。

しかしこの行動連鎖の最後で得られる本来の強化子といつも一緒に経験されることで、やがて①から⑤までの行動の結果も、強化子としての効き目を持つようになるのです。

例えば、⑤の飲み口に口を付ける行動は、それだけでは強化子をもたらさないはずですが、その行動の結果、つまり口を付けた状態は次の、缶を傾けてコーラを口に流し込む、という行動を引き起こすため、いつも口の中のコーラの味わい、という本来の強化子とセットでその直前に経験されることになります。そうすると不思議なもので、いつしか缶に口を付ける感覚自体が、強化子としての力を持つようになるのです。これを「条件性強化子」と言います。

このように行動連瀬の途中の一つ一つの行動の結果は、次の行動の弁別刺激(SD)であると共に、その行動を強化する条件性強化子としての役割も果たしています。これが行動連鎖の特徴です。

行動連鎖を作る技法をチェイニング、と言いますが、それは次回にでもお話ししましょう。

藤坂

第36号 2007.12.06:「般化」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「般化」

般化、というのは、簡単に言うと、ある場所、ある人、ある教材に対してできるようになったことが、他の場所、他の人、他の教材に対してもできるようになる、ということです。

自閉症の子どもはこれがとても苦手、とされています。

例えば、家でお母さんが、くもんのカードを使って「ライオン」という名前を子どもに教えたとしましょう。健常児なら、その数日後におじいちゃんに連れられて動物園に行き、そこでライオンを見たとき、ライオンを指さしながら「ライオン」と大きい声で言っておじいさんを喜ばせるかも知れません。

しかし自閉症児には、それがなかなか難しいのです。
まず家で出来るようになったことが、すぐに他の場所でもできるようになるとは限りません。皆さんも、お子さんをスーパーや公園に連れて行くと、指示が全く通らなくなるという経験をされたことがあるのではないでしょうか。

次にお母さんの指示や質問に答えられるようになったからと言って、すぐに他の人の質問に答えられるようになるわけではありません。お母さんが「これはなあに?」と聞くと「ライオン」と言えても、おじいちゃんが「あれはなんじゃ?」と聞くときょとんとしていたりします。質問のせりふが違うだけではなく、聞き方の調子や、声の大きさ、そもそも質問している人が日頃、その子にどう接しているか、ということが、子どもの反応を大きく左右してしまうのです。

また、特定の絵カードで「らいおん」という名前を覚えたからと言って、他の絵や写真、ミニチュアや実物のライオンを、すぐに「ライオン」と分かるわけではありません。
健常児は、他の物と比較して、その物の本質的な特徴を捉えることが割と得意です。ですから一つか二つ、ライオンの見本を見せられたら、すぐに本物のライオンを見て、「ライオン」と言えたりします。

しかし自閉症の子どもはそれが苦手なようです。一枚の絵カードで「ライオン」と言えるようになっても、ちょっと違う絵や写真だと、もう分からなくなってしまいます。ましてミニチュアや実物だと余計に分かりません。最初の教材と差が激しすぎるからです。

このように、自閉症児は、ある特定の刺激に対してある反応をすることを学んだからと言って、それと類似する別の刺激に対して同じ反応を返す、ということが苦手なのです。
(もっとも実際にはその逆、つまり「過剰般化」という問題もありますが、ここでは置いておきます)

ではどうしたらいいのでしょうか。簡単に言うと、2つの方法があります。

1つは、刺激の差をなるべく小さくする、ということです。

例えばお母さんの指示には答えるのだけど、他の家族の指示には全く答えようとしない、としましょう。その場合は、他の家族にお母さんの指示の出し方を見てもらい、なるべくその通りに指示を出してもらいます。
指示のせりふ、声のトーン、タイミング、そしてこれが大事なところですが、指示に答えられたときに同じように強化し、答えなかったときは同じように無視して間を空ける、といった事後の対応もなるべく同じにしてもらいます。そうすれば、お子さんが他の家族の指示に答える可能性は、ぐっと高くなるでしょう。

教材も同じです。ライオンの実物やその写真、映像を見て「ライオン」と言えるようになるのが最終目標だとすれば、最初からなるべくそれに近い教材を使って「ライオン」を教えます。私が物の名前付けの時に、なるべくカードではなくミニチュアで教えるようにお勧めするのはそのためです。

もう1つは、できるだけ早くから複数の刺激を使って教える、ということです。

例えばライオンを教えるとき、最初にくもんのカードで「ライオン」と言えるようになったら、すぐに動物絵本の写真を切り抜いてカードにして、それも「ライオン」と教えます。またライオンのぬいぐるみも教材にして、「ライオン」と教えます。マンガのライオンも「ライオン」と教えます。 このように「ライオン」のカテゴリーの中に入る多種多様な刺激のうち、なるべく種類の違うもの(絵、写真、ぬいぐるみ、マンガ)から代表的な物を取り出して、そのどれにも「ライオン」と反応することを教えます。そうすると、あるとき、全く新しいライオンを見せられたときも、その代表例のどれかに似ている可能性が高くなるので、それだけそれを「ライオン」と言える可能性も高くなる、というわけです。

この2つの方法を上手に使えば、「般化の困難」なんて怖くありません。皆さんも、ぜひやってみて下さい。

藤坂

第32号 2007.11.01:「マンドとタクト」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「マンドとタクト」

つみきの会のメーリングリストを読んでいると、ときどき「マンド」という言葉が出てきて、入会したばかりの人は、「いったいなんだろう」と思っていらっしゃると思います。

「マンド」というのは、簡単に言うと要求言語のことです。「ちょうだい」と言ったり、「ジュースがほしい」という意味で「ジュース」と言ったり、というのがこれに当たります。

それに対して「タクト」という言葉があって、これは簡単に言うと「叙述言語」のことです。つまり要求とは無関係に「これはリンゴだよ」という意味で「りんご」と言ったり、夕日がきれいなときに「きれい」と言ったりするのがこれにあたります。

「マンド」とか「タクト」というのは、ABAの元になった行動分析学の基礎を築いたB.F.スキナー博士の造語です。彼は「言語行動(Verbal Behavior)」という本の中で、人の言語行動(「話す」 という行動)を、行動分析学の見地から、独自の分類をして見せたのです。

それが、のちにABAの研究者の中で、発達障害児に言葉を教えるときも、この分類概念を生かそう、という考えが徐々に広まってきました。それで私たち親の耳にも届くようになってきた、というわけです。

ただ、ABAの研究者ならだれでもこれらの概念を使うか、というと、そうではありません。例えばロヴァース博士は著書「ザ・ミーブック」の中で、このような概念を使いませんでした。おそらく一般の親や教師のために、なるべく平易な言葉を使おう、と考えたからだと思います。

私も、平易な言葉に置き換えることができるなら、専門用語をみだりに振りかざすべきではない、と思っています。意味の分からない言葉は、何か神秘的な響きを帯びていて、実際以上に魅力的に思えてしまうものだからです。

ですから、普段は「マンド」や「タクト」という言葉を余り使いませんが、ここではその意味をもう少し説明してみます。

人間や動物の行動(オペラント)は、「外界の刺激(弁別刺激)→行動→結果」という図式(三項随伴性)が当てはまるものが多いのです。例えば「ボールが飛んでくる」→「バットを振る」→「ヒットになって満足する」といった具合です。

しかし弁別刺激のない行動もあります。例えば外出中に「疲れたな」と思ったとき、別に自販機の缶コーヒーが目に入らなくても、自販機を探して缶コーヒーを飲んだりしますよね。このときは、弁別刺激がなくて、「行動→結果」という二項関係だけがあります。「疲れたな」といった内心の感情は、ABAではなるべく行動の説明に使わないようにしているので、ここでは考慮に入れません。

さて、この「弁別刺激→行動→結果」あるいは「行動→結果」という図式を、人の「言葉を話す」という言語行動に当てはめたのがスキナー博士です。
博士によれば、まず言語行動にも、特に弁別刺激を必要とせず、「行動→結果」という単純な二項関係が成り立つものがあります。これが「マンド」(要求言語)です。

例えばジュースが飲みたくて「ジュースちょうだい」と子どもが言うとき、台所にジュースがある(弁別刺激)のを見て言うときもありますが、そうではなくて単に「飲みたいな」と思いついたから言うときもありますね。
そんなとき「ジュースちょうだい」と言う(行動)→ジュースがもらえる(結果)という関係だけが成立します。これが典型的なマンド(ピュア・マンド)です。

それに対して、「弁別刺激→行動→結果」という三項関係が不可欠な言語行動もあります。

その一つは「エコーイック」(音声模倣)です。例えば「あ」というと「あ」と返ってくる、ということです。この場合、弁別刺激は他人の声で、それに対する行動は、その他人の声と同じ声を出す、ということです。

もう一つは「イントラバーバル」(お返事)です。これは「あ」と言ったら「い」、「うさぎ」と言ったら「かめ」、「寒いね」と言ったら「そうだね」といった具合に、相手の言葉に対して、それとは違う言葉を返す、という特徴があります。

「エコーイック」も「イントラバーバル」も、相手の(時には自分の)発話が弁別刺激です。それに対して、弁別刺激が言語行動でないものがあります。それが「タクト」です。

「タクト」は話し手が外界の出来事を見て、それを誰かに伝えることを特徴とする言語行動です。例えば外が雨が降ってきたのを見て、家の中にいるお父さんに「お父さん、雨が降ってきた」と伝えたり、火事の現場を見て「火事だ!」と叫んだりするのが、典型的なタクトです。
「タクト」では「外界の出来事」(弁別刺激)→「火事だ!」(行動)→「通報で感謝される」(結果)という関係が成り立ちます。

以上です。

藤坂

第28号 2007.10.04:「シェイピング」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「シェイピング」

「シェイピング」は、ABAで何か新しい行動を教えるときの大切なテクニックの1つで、簡単に言うと「少しずつその行動を形成していく」ということです。
こういうと、「なんだ。スモールステップのことか。それなら知ってるわ」と思われるかもしれませんが、シェイピングにはもう少し深~い意味があります。

私たちは、子どもに何かを教えるとき、たいていプロンプト、つまり手助けやヒントを使いますね。
例えば、「椅子に座る」という行動を教えるとき、私たちは普通、「すわって」と言いながら、子どもの手を引いてきたり、椅子の座板をポンポンたたいたり、体を手で持って押し下げたりして、椅子に座らせます。これらは皆プロンプトです。指示を出した後、直ちにプロンプトして正解させ、強化する。これが発達障害児に何かを教えるとき、一番すぐれた、効率的な方法です。

しかし何かの理由で、このプロンプトが使えないとしましょう。例えば皆さんは大学生で、教授から、「指示と強化以外、何もしてはいけない、プロンプトは一切禁止」と言われたとします。そんなとき、どうやって、子どもに椅子に座ることを教えたらいいでしょう。

「椅子に座るのを待っていたらいい?」
そうですね。もしその子どもが、時々椅子に座ってくれるのなら、自発的な行動を待って、それが起こったときにすかさず強化すればいいでしょう。しかしそのお子さんは、待っていても全然椅子に座ってくれないとします。
「椅子の前にテーブルを置いて、そこにお菓子やおもちゃをおいておけばいい?」 それもいい方法です。
しかしそれはここで禁止されているプロンプトにあたります。

では正解は何か、というと、このお子さんは待っていても椅子に座ってくれないので、せめて椅子に少しでも近づいたときに、強化します。例えば、その子を観察していたら、平均して1分間に一度は、その椅子から3m以内に近づくとします。そしたら、子どもが3m以内に近づいたときだけ、ごほうびを与えるのです。

ある行動は、その直後に強化されるとだんだん頻繁に繰返されるようになります。その子ども自身が、何が強化されているか気づいている必要は必ずしもありません。その子も、何度も強化されているうちに、いつの間にか、椅子から3m以内にいることが多くなってくるでしょう。
そうすると、以前は滅多になかった、「椅子から1m以内に近づく」という行動が起こる頻度も増してきます。そこで教える側の私たちも、目標を引き上げて、子どもが椅子から1m以内に近づいたときだけ、お菓子をあげたりして強化することにするのです。もう椅子から1m以上離れたときは、たとえ3m以内にいても強化しません。

すると子どもは、今度は椅子から1m以内でうろうろすることが増えてくるはずです。時には、椅子に体が触れることもあるでしょう。
そしたら今度は、さらに目標を引き上げて、椅子に体が触れたときだけ強化することにするのです。

すると今度は椅子に体が触れることが増えてきます。時には椅子に座ってしまうかもしれません。そこで最後にようやく、椅子に座ることを目標に掲げ、その行動が起こったときだけ、つまり椅子に座ったときだけ、強化するようにするのです。

このように、典型的なシェイピングには、次のような特徴があります。
①プロンプトが使えない状況で用いる
②待っていても、子どもは目指す行動を自発しない
③そこで、とりあえず目標を低く設定して、その行動を自発したら強化する。
④その行動が増えるのを待って、徐々に目標を引き上げていく

わかりましたか?

純粋なシェイピングはこういうことですが、現実場面では、全くプロンプトできない、ということはまずないので、たいていはプロンプトとシェイピングを併用します。

例えば、音声模倣はシェイピングを用いる典型的な例です。動作模倣なら、手を取ってプロンプトできますが、声を出すことをプロンプトするのはむずかしいですから。

そこで、最初はとにかく子どもが自発的に発声すれば、それをすべて強化するようにします。そうすると、徐々に発声が増えてきます。 ただ、ここでプロンプトしていけない、という法はないので、子どもの発声を促すため、くすぐったり、なでたり、お菓子を見せたりします。

次に大人が何か発声した後、5秒以内に子どもが何か発声したときだけ、たとえ大人の発声と似ていなくても強化します。
そうすると、徐々に大人の発声から5秒以内の発声が増えてきます。ここでも、プロンプトできればそうします。

次は大人の発声から5秒以内の発声のうち、少しでも大人の発声に似た発声を強化します。ここでも、例えば大きな口を開けて「ア」といい、子どもの動作模倣を促して、「ア」と言わせたりします。これもプロンプトです。

こうして、音声模倣訓練では、プロンプトとシェイピングの両方を組み合わせて、目標の音を作っていくのです。

このように、シェイピングを純粋な形で単独に使うことは少ないのですが、子どもに何かを教えるとき、この技法はいろんなところに少しずつ顔を出します。

例えば、小学校3年生になると、リコーダーを子どもに教えます。これは指で穴をふさぐのがとてもむずかしくて、ちょっとでも隙間があいていたら、すぐに別の音になってしまいます。

そこで、指を持って、なんとか完全にふさがせようとするのですが、なかなかうまく行きません。
そんなとき、何度もだめ出ししてしまうと、子どもは嫌になって、逃げてしまいます。

そこで、いらつく気持ちを抑えて、空気が漏れていても、一応ふさぐべき穴に指が当たってれば、どんなに変な音を出していても、「そうだよ!」「いいよ!」と強化してあげます。
そうすると、指を穴に当てる、という行動が徐々に定着していきます。すると、時には何かの具合で、指がうまく穴を完全にふさいで、きれいな音が出ることもあります。
そうしたら、お子さんをもっと熱烈にほめてあげるようにします。

この方が、いきなり最終的な目標を達成しようと焦るよりも、よっぽどうまく行くのです。

シェイピングの深い意味、おわかりいただけましたでしょうか。

藤坂

第24号 2007.09.06:「強化スケジュール:FRとVR」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「強化スケジュール:FRとVR」

強化スケジュールとは、強化の間引き方のパターンのことです。

まず「連続強化」とは、正解するたびに毎回強化することをいいます。新しいことをマスターさせるときは、よくこれを使います。定例会の個別指導は短期決戦なので、私はいつもこの「連続強化」をしています。

それに対して、強化子を間引いて飛び飛びに強化することを「間欠強化」とか「部分強化」と言います。すでにマスターした行動を維持させるときはこの間欠強化を行ないます。例えば、動作模倣の復習で、5つの動作を途中一度もほめないで次々にやらせて、やり終わったらほめたり、ごほうびを与えたりする、というのがこの方法です。
実際のセラピーは長丁場だし、復習も多いので、この間欠強化が多くなります。連続強化だと強化子の与えすぎになって、効き目が弱くなるからです。

問題はこの間欠強化のときの間引き方のパターンで、これにいろいろ名前が付いています。

まず定比率強化スケジュール、というのがあって、FR(fixed ratio)と表わします。これは何回かに1回、定期的に強化することです。
例えば5回に1回強化するのなら、FR5と表わします。連続強化ならFR1です。
私は今日も道頓堀の発達相談で、助手のMさんに「強化は2回に1回にして」などと指示を出していましたが、これを「FR2にして!」というと、かっこよくていいかもしれません。

次に変比率強化スケジュール、というのがあって、これは定期的に強化するのではなく、不定期に強化することを言います。略号はVR(variable ratio)です。
例えば、時には3回に1回、時には7回に1回、しかし平均すると5回に1回は強化している、というとき、VR5と表わします。

変比率(VR)の典型は、パチンコです。パチンコをしているとき、フィーバーがいつ来るかは、お客にはわかりません。しかし経営者側は、だいたい平均して何個玉を使ったらフィーバーが来るか、台ごとに計算しているはずです。 あるパチンコ台が、平均300玉に一度、フィーバーが起こるようになっている、としましょう。それをABA的に表現すると、「そのパチンコ台は、VR300の強化スケジュールを採用している」ということになります。

このFRとVRの区別は、結構重要です。なぜならFRよりVRの方が、「消去抵抗」が大きいことが分かっているからです。

消去抵抗とは何か、というと、強化をやめたときに、その行動がどのくらいの期間、強化なしで維持されるか、ということです。強化されなくても行動が維持される期間が長いことを、「消去抵抗が大きい」といいます。逆に強化をやめた途端にその行動が起こらなくなってしまったら、「消去抵抗が小さかった」ということになります。

FRとVRではVRの方が消去抵抗が大きい、というのは、簡単な言葉で言い換えると、「律儀に定期的に強化するより、気まぐれに不定期に強化した方が、いざ強化をやめたときに、行動が長期間維持されやすい」ということです。これはちょっと考えてみればわかります。

例えば、子どもに対して、FR5、つまり5回に1回はごほうびを与えていたのが、急にごほうびがゼロになったとします。子どもの方はだいたいこのくらいのタイミングで強化子がもらえるなあ、と思っているはずですから、そのタイミングで強化子がもらえなくなると、急速にその行動をやらなくなるはずです。

それに対して、子どもにVR5、つまり平均して5回に1回だけど、時には連続3回強化されるし、時には20回待っても強化がない、というやり方で強化していると、ごほうびをゼロにしても、子どもは長い間気がつかずに、「いつかはごほうびがもらえるかも」と思って、その行動をやり続けるでしょう。

問題行動を消去しようと思っても、なかなかなくならないのは、私たちが時々不定期にうっかり強化してしまっているからです。つまり私たちは問題行動をVRスケジュールで強化してしまっているのです。

逆に消去抵抗が一番小さいのは、連続強化、つまりFR1の強化スケジュールです。それはそうでしょう。それまで毎回強化されていたのが、急に強化されなくなったら、すぐにあきらめてやめてしまうはずです。

ですから、問題行動を消去するときは、中途半端なことはせず、消去を始める直前までふんだんに強化しておいて、ある時から一斉に、一気に、徹底して無視した方が、消去に成功しやすいはずです。

逆によい行動を強化なしで自発して欲しいときは、日頃からVRを心がけます。つまりよい行動を教えることができたら、それをだんだん、気まぐれに、ほめたりほめなかったりした方がいいのです。律儀に毎回ほめていると、ほめる人がいないところでは、全然自発しない、ということになります。

セラピー中にほうびを間引くときも、5試行に1回、とか10試行に1回、ときっちり決めておくのではなく、ある時は2回に1回、あるときは10回に1回、と気まぐれに間引いた方が、子どもの反応はよくなるはずです。つまり「間引くならFRよりもVR」ということです。
というのは、FRの場合、一度強化子をもらうと、次はしばらくもらえない、ということがわかっているので、尐し中だるみが生じるのに対して、VRの場合は一度強化子をもらっても、次にまたすぐもらえるチャンスがあるので、頑張れるのです。

トークンボードを使うと、つい5回に1回、あるいは10回に1回、といったFR強化スケジュールになりがちです。ですからたまにはトークンボードを横に置いておいて、トークンに頼らず、気まぐれに間引きながらセラピーをしてみましょう。

<綾ちゃんニュース>
「綾ちゃん、お腹の風邪になる」

綾ちゃんは、8月後半に入って、お腹の風邪をもらってきたらしく、急に熱が高くなり、下痢をするようになりました。

最初の日は39度の熱が出てしんどそうだったのですが、それでも夜になると、クスリのせいで尐し楽になったのか、自分で洗濯かごを出してきて、腹筋をしました。さすがに疲れていたのか、いつもは125回やるところを、25回しかしませんでしたが。
それを見ていたお父さんは、「木口小平は死んでもラッパを離しませんでした」という古いセリフを思い出しました(古すぎ?)。

藤坂

第17号 2007.07.05:「結果操作と先行条件操作」

<ABAミニ講座>
今日のテーマ「結果操作と先行条件操作」

皆さんはABAの基本原理(もっと正確に言うと、行動変容の基本原理)は、「強化」「消去」「罰」の3つだ、ということは、つみきBOOKなどを通じてご存じですよね。
人の行動が増えたり減ったりするのは、基本的にその行動の前ではなく、後に起こる出来事によって決まります。行動の後にいいことが起こると、その行動は増えます。これを「強化」と言います。行動の後にちっともいいことが起こらないと、その行動は減ります。これが「消去」です。悪いことが起こると、やはりその行動は減ります。これを「罰」と言います。

(行動分析の専門家の皆さん。これが正確な定義でないことは知っています。正確に言うと、強化とは、行動の直後に何らかの刺激が与えられたり、取り去られることによって、以後、その行動の生起頻度が上昇することを言うんですよね。行動が増えれば、何であろうと強化なのであって、「いいこと」なんていう価値判断を定義に入れてはいけないのです。でも、ここでは厳密さより、わかりやすさを優先させて下さい)

ですから、子どもの行動を変えようというときも、その行動の前に何かをするのではなく、行動が起こった後で(!)強化したり、消去したり、罰したりすることが基本です。ABAは基本的に「後出し」なんです。これを「結果操作」とか「結果の工夫」と言います。
言い換えれば、「ABAの基本は結果操作」です。

しかしABAも行動の前に介入をすることがあります。というか、特に問題行動に関しては、だんだんこの「事前の工夫」が強調されるようになってきました。こちらを「先行条件操作」と言います。

先行条件操作の典型的なものは、問題行動を起こりにくくする物理的な工夫です。例えば髪の毛を抜く自己刺激がある子どもの場合は、いつも帽子をかぶせるようにすると、それだけで髪の毛を抜く行動が減ったりします。おちんちんをいじる自己刺激が頻繁な子どもの場合は、パンツに手を入れにくいように、つなぎ着を着せたりします。

そういえば、先日のセラピスト勉強会で、成人施設にお住まいの方が、昼休憩に自慰行為を頻繁に行う成人男性に対して、昼休みに一人にさせないようにし、代わりに本人にとって快適な上半身のタオル拭きと、さわやかなオイル?を塗ってあげるようにすると、自慰行為が大幅に減った、と報告されていました。 これは物理的な工夫(一人にさせない)と、代替行動の強化(タオル拭きとオイル塗り)を組み合わせてうまくいった事例ですよね。

その他、難しすぎる課題に対して、かんしゃくや反抗などの問題行動がでる子どもに対して、(かんしゃくの直後ではなく事前に)課題を簡単にしてあげる、というのも、先行条件操作です。

しかし先行条件操作には、落とし穴もあります。

例えば何か新しいことを教えようとすると、ストレスを感じてパニックになったり、頭をがんがん机にぶつける子どもに対して、新しいことを教えるのをやめて、次の日から彼の得意な課題だけを教えるようにしたとします。これも先行条件操作ですよね。

しかしそれでは、彼はいつまで経っても、新しい課題に取り組めるようにはなりません。

新しい課題に取り組ませるためには、出来るだけスモールステップにしたり、プロンプトを多用する、という工夫も必要だけれど、結局は子どもがいやがって抵抗したときに、それに取り合わずにやり通す、と言うことも必要なのです。つまり最後の決め手は、やはり結果操作、というわけです。

藤坂

第13号 2007.06.07:「弁別刺激」

<ABAミニ講座>
今週のテーマ「弁別刺激」

4 回目を迎えた「ABAミニ講座」、今月のテーマは「弁別刺激」です。

前回、「オペラント条件付け」のお話しをしましたね。
反射行動を除く私たちの日常の行動のほとんどは、「オペラント」と名付けられています。
そのオペラントは(面倒なので、以下、「行動」と言い換えます)、その直後に、その人にとって「ほうび」となる刺激、つまり強化子(強化刺激)が与えられることによって、以後増加する性質があります。これが「オペラント条件付け」です。言い換えれば、「強化」のメカニズムです。

これを「つみきブック」では、

行動 → ほうび(強化子) → 行動の増加

と説明しています。

では「弁別刺激」とは何か、というと、「つみきBOOK」では「指示」と呼んでいるものにあたります。

子どもに何らかの指示を出し、最初はプロンプトして、望ましい反応を引き出し、ただちにほうび(強化子)を与えて強化します。
例えば「あたま」と言う指示を出して、すぐに手を取って(プロンプト)、頭にさわらせ、頭にさわったら(反応)、ほめたり、お菓子を与えたりします(強化)。
これを繰り返しながら、徐々にプロンプトをなくしていくと、やがてプロンプトなしでも指示に反応するようになるんでしたね。つまり

指示 → 行動(反応) → 強化子

という関係が出来上がります。(ちなみに、ここでは「反応」と「行動」を同じ意味に扱います)

指示は、その直後に子どもが(別に子どもだけに限りませんが)特定の行動(例えば頭にさわる)を取ったときだけ、強化子が与えられることによって、徐々にその行動を引き起こす力を持つようになります。

ただ、同じような仕組みで、特定の行動を引き起こすようになるものは、何も言葉の指示だけではないはずです。

例えば、おいしそうな冷たいオレンジジュース(ビールの好きな人はビールでもいいです)の入ったグラスが目の前にあったとすると、私たちはそれを手にとって飲みます(のどが渇いていれば、ですが)。

この行動は、生れながらのものではありません。ジュースの場合は、お母さんが離乳食として飲ませてあげるうちに、徐々に好きになっていきます。ビールがうまいことを学習するのはもっと後ですね。

いずれにしても、最初はおっかなびっくり試して飲んでいるうちに、その都度強化されるので、やがては、冷たいジュースやビールを目の前にする度に、手にとって飲む、という行動がスムーズに起るようになるのです。

このとき、手にとって飲む、という行動を引き起こしたのは、「飲みなさい」という他人の指示ではなく、目の前にあるジュース(ビール)そのものですね。 これを弁別刺激と言います。専門用語で、SD (Discriminative Stimulus)と呼びます。

つまり弁別刺激とは、その直後に特定の行動が起ったときだけ、強化子が与えられることによって、その行動を引き起こす力を持つようになった外界の刺激、すべてを言います。そこにはジュースの入ったグラスのような視覚刺激も含まれるし、指示の言葉のような聴覚刺激も含まれます。

例えば、私たちが子どもに片手を上げる動作模倣を教えるとき、「こうして」と言いながら、片手を上げますね。この時の弁別刺激は、「こうして」という指示の言葉と、手を上げてみせる動作、の両方です。

マッチングの時、「一緒にして」と言いながらおわんを渡したりしますが、このときの弁別刺激は、「一緒にして」という指示の言葉だけではなく、テーブルの上のおわんと、手渡したおわんも弁別刺激です。むしろここでは指示の言葉よりおわんの方が重要でしょう。
なぜなら、マッチングが得意になると、「一緒にして」と言われなくても、だまっておわんを手渡せば、テーブルの上のおわんに重ねるようになるからです。

この弁別刺激、という概念は、私たちの子ども(子どもだけに限りませんが)の行動を理解するためにとても重要です。

例えば、夜私が帰ってくると、頭を掻き出します。普段、母親だけの時は、頭を掻くことは禁止されているのですが(頭皮をつまんでかさぶたを作ってしまうので)、私が帰ると、私がかばってくれるので、頭を掻いても大丈夫、ということが分かっているのです。
この時、私の存在は、頭を掻く、という問題行動の弁別刺激になっています。

もう一つ例を挙げると、外出中に子どもと手が離れたとき、大人が追いかけようとすると、ぱっと逃げていく子どもがいます。
この場合は、過去に大人が追いかけ始めたとき、自分が逃げると、(子どもにとって)楽しい追いかけっこが始まる、という経験を何度も積んで強化されているので、「大人が追いかけ始める」という視覚刺激が弁別刺激になって、「逃げる」という行動が引き起こされるのです。

こうなると、車道に飛び出したりして大変危険ですから、外出中は下手に追いかけないようにしなければ行けません。
子どもにゆっくり近づいていき、子どもが逃げたらすぐにストップして、追いかけっこの挑発に乗らないようにします。そうすれば、「大人の接近」という視覚刺激があっても、その直後の「逃げる」という行動を強化しませんから(追いかけてこないので)、大人が接近してきても逃げなくなるのです。

これは、問題行動を理解するために、弁別刺激、という概念が役に立つ例でしたが、よい行動を自発させるためにも、弁別刺激、という概念を知っておくと便利です。

学校で、付き添いの大人が指示しないと、げたばこで靴を履き替えることが出来ない子がいるとします。指示すれば素直に履き替えるので、この行動が出来ないわけではないのです。
ただ、この子の場合は、大人の指示が弁別刺激になってしまっていて、げた箱の存在(正確に言うと、朝、登校してきた自分と、目の前のげた箱、その中の上履き)、が弁別刺激になっていない、と考えられます。

そういうとき、どうしたらいいか、というと、大人の指示をプロンプトと考え、徐々にそれをフェーディングしていきます。
例えば、朝、登校してきたときや、休憩時間や体育の時間に外に行くとき、子どもがげた箱の前まで来たら、最初は「履き替えて」といった言葉の指示を出しますが、それと同時にその子のげた箱の中の靴を指さしたり、無言で子どもの靴をさわったりします。
これは、言葉かけより、無言の合図の方が、フェーディングしやすいからです。 子どもがこれに馴染んできたら、徐々に声かけを小声にしていき、ついには、無言で指さすだけにします。

プロンプトのタイミングも大切です。げた箱の存在を弁別刺激にするためには、子どもがげた箱の前に来た直後に、すかさず靴を指さすなどしてプロンプトしないと行けません。プロンプトが遅れると、いつまでもプロンプトに依存してしまい、なかなか本来の弁別刺激と行動が結びつかないのです。

タイミングを遅らせないまま、徐々に指さしを曖昧なものにしていき、最後には、げた箱の前についたときに、ちょっと肩を軽くさわるだけにします。それで履き替え行動に移れたら、直ちに暖かくほめてあげます。
最後には、その軽くさわるプロンプトもなくします。

そうすると、ついにげた箱とその前に来た自分、を弁別刺激にすることができた、というわけです。 このように、何を弁別刺激とすべきか、という着眼点に立つことになれると、子どもの自発行動をうまく引き出していけるようになります。皆さんもやってみて下さい。

藤坂

第9号 2007.05.03:「オペラントとレスポンデント」

<ABAミニ知識>
今日のテーマ「オペラントとレスポンデント」

ABA(応用行動分析)とその元になる行動分析学では、動物や人間の行動を、大きく「オペラント」と「レスポンデント」の二つに分けます。

「レスポンデント」というのは、ご飯を食べるときに唾液が出たり、風が目にあたるとまばたきしたり、といった、人間や動物が生まれながらに備えている反射的な行動のことです。

それに対して「オペラント」というのは、歩いたり、背伸びしたり、お話ししたり、といった、原始的な反射以外に、私たちが行なうありとあらゆる行動を指します。

行動分析学にとってこの二つの区別が大切なのは、この二つの行動は全く違う学習のされ方をするからです。

レスポンデントは、生まれながらに備わっている反射的反応なので、一生涯を通じて、基本的に変化しません。私たちは物を噛んだときに唾液を出すことを、小学校で学んだり、年を取ったからといって忘れたりはしませんよね。

しかしレスポンデントも学習されることがあります。生まれたときには唾液の分泌や瞬きを引き起こさなかったような外界の刺激が、学習の結果、それらを引き起こすようになることがあるのです。これを「レスポンデント条件付け(古典的条件付け)」と言います。

このレスポンデント条件付けのメカニズムを発見したのが、有名なパブロフです。パブロフ博士は、犬を使って唾液の分泌の研究をしていたのですが、あるとき、いつもえさをやる助手がドアを開けて部屋に入ってくるだけで、犬が唾液を分泌することを発見しました。
つまりもともと生まれながらには唾液の分泌を引き起こさないはずの、ドアの音が、学習の結果、唾液の分泌を引き起こすようになったのです。 パ

ブロフの研究の結果、次のようなことがわかりました。 それまでレスポンデント(例えば唾液の分泌)を引き起こさなかった、無関係な刺激(例えば、ドアの音)を、レスポンデントを生まれながらに引き起こす刺激(例えば食べ物を口に入れること)の直前または同時に何度も伴わせると、やがてその無関係だった刺激(ドアの音)だけでも、レスポンデント(唾液分泌)を引き起こすようになるのです。

無関係な刺激のことを「中性刺激」、生まれながらにレスポンデントを引き起こす刺激を「無条件刺激」、学習の結果、レスポンデントを引き起こすようになった刺激を「条件刺激」と言います。
この用語を使って、さっき言ったことを言い直すと、ドアの音のような中性刺激を、えさを口に入れるという無条件刺激と何度も対提示することによって、中性刺激が条件刺激となり、それだけでも唾液の分泌というレスポンデントを引き起こすようになるのです。

一方、オペラントは全く別の学習のされ方をします。レスポンデントは、その行動の後に起ったことに左右されません。光が目に当たると、瞳孔が収縮するのは典型的なレスポンデントですが、瞳孔が収縮したときに、お母さんにほめてもらったり、お小遣いをもらったからと言って、それでその後収縮しやすくなるわけではありませんよね。

しかしオペラントはその行動の後に何が起るのか、によって、その後の起り方が左右されるのです。例えば、冷蔵庫のドアを開ける、というのはオペラントですが、この行動は、ドアを開けるたびに、おいしい食べ物や、のどの渇きを癒す飲み物が中に見つかることによって、その後、頻繁に繰り返されるようになります。逆に何度開けても中が空っぽであれば、この行動は起らなくなります。

このようにオペラントが、後の出来事(刺激)によって増えたり、減ったりすることを、「オペラント条件付け」と言います。そしてオペラント行動の後に起って、その行動を以後増やす働きを持った刺激を、「強化刺激」あるいは「強化子」と言います。

私たち高等生物の行動は、ほとんどがオペラントなので、オペラント条件付けの例はいくらでも挙げることができます。例えば私たちがビールを飲むのは、過去にビールを飲んで、いい気持ちになったからですし、背伸びをするのは、それによって肩のこりがほぐれるからです。

さて「行動療法」(応用行動分析)とは、このレスポンデント条件付けやオペラント条件付けの原理を使って、人間の様々な行動上の問題を解決したり、軽減させようと言う試みのことを言います。

レスポンデント条件付けの原理を応用した行動療法の例としては、恐怖症の治療があります。
それに対して、私たちに関心のある自閉症やその他の発達障害の治療教育に用いられるのは、主にオペラント条件付けの方です。ただ発達障害児は、いろんな物に過度の恐怖を示すことがあるので、そんなときはレスポンデント条件付けの原理も応用します。
恐怖症の治療に、どのようにレスポンデント条件付けを応用するかは、また別の機会にお話し致しましょう。

藤坂