自閉症治療の
エビデンス
医療では、エビデンスを「無視することはできません」。
医療におけるエビデンスは、論文の質の良さ、数の多さだと思います。
自閉症治療のエビデンスです。
まず、自閉症小児への薬物療法ですが、
リスパダール(リスペリドン)(5歳以上)
エビリファイ(アリピプラゾール)(6歳以上)
という2つの薬が保険診療で使用可能です。
つまり、安全性と有効性のエビデンスが認められています。
どちらの薬も、「自閉症小児の易刺激性」、つまり「イライラ、癇癪」に対して、使用されます。
自閉症児の中核症状、とくに「社会性コミュニケーション障害」については、この薬で改善する、という根拠(エビデンス)はありません。
次に、自閉症児への治療でエビデンスが示されている、非薬物治療(いわゆる「療育」)についてです。
最大のエビデンスは、ABA療育により、自閉症小児を知的に伸ばすことができるというものです。
ABAは、応用行動分析(Applied Behavioral Analysis)という、学問の名前です。
その基本原理をごく簡単に書きますと、
行動の「直後」に、よいことがあると、その行動は増える
というものです。
幼い子どもさんに「よい行動」が見られた時には、すぐに、
誉め言葉をかけてあげたり、好きなものをご褒美としてあげると、次からも、その行動が、また起こりやすくなります。
行動の基本原理ですので、自閉症児に限らず、すべての子どもさん、大人にもあてはまりますが、
自閉症のお子さんは、大人の予想と違う反応を見せたり、誉め言葉が響きにくいことがありますので、しばしば工夫が必要になります。
ABA療育というのは、このABAの基本原理を使った療育方法のことです。
椅子への座らせ方、マッチング、動作模倣、音声指示、などの具体的なプログラムがあります。
ABA療育のマニュアルはもともと、Lovaasが書いた「The ME Book」という本でしたが、
この内容は、藤坂代表により、日本語の「つみきプログラム」に引き継がれています。
ABA療育の最初のエビデンスは、Lovaas (1987)による、準ランダム化比較試験です。
4歳未満(Early)のASDの子どもさんたちに、
週40時間(High-intensity)、2~3年間、
DTT(Discrete Trial Training;不連続試行訓練)の方法で、ABA療育を行えば、
DQ(IQ)が伸びる、というものです。ただし個人差があります。
DTTは、「指示→プロンプト(ヒント)→適切な行動→強化(褒美)」、
これを1試行として、何度も繰り返していく方法です。
このABA早期療育は、 EIBI(Early Intensive Behavioral Intervention;早期集中行動介入)と呼ばれます。
「自閉症児へのABA療育のエビデンス」といった時、
このLovaasの研究があまりにも有名なために、
知的に伸ばす(DQまたはIQを伸ばす)エビデンス、と理解されています。
ABA療育が自閉症児を知的に伸ばすことについては、その後世界中でたくさんの追試が行われています。
例えば、ABA療育を受けた子どもたちが、療育の前に比べて、【言語性IQが】伸びたかどうかを調べたメタ分析の結果では1)、
ある一人の研究者だけではなく、世界中でたくさんの研究(21本の論文)が、
「ABA療育で自閉症児が知的に伸びる傾向がある」結果を出していることが分かります。
本来なら、「自閉症がよくなる」ということは、中核症状がよくなる、つまり社会的コミュニケーションが伸びるとか、こだわり・常同行動が減るとか、そういうことで、示されるべきことです。
「知的に伸びる」ことはもちろん、非常に重要なことですが、
自閉症が良くなる、とか、自閉症の重症度が下がる、ということとは、また別の話になります。
療育のエビデンスといった時には、何を目標とした内容なのかということを、意識して調べる必要があります。
保護者なら、療育で子どもさんにどうなって欲しいのかを意識して、療育の内容を考えていくのがよいと思います。
それでは、ABA療育の、自閉症の中核症状に対するエビデンスはあるでしょうか。
ABA療育でよくなるのは、もちろん、DQ/IQだけではありません。
同じメタ分析の論文1)の結果によれば、
コミュニケーションスキルについても、(DQ/IQほどの論文数ではありませんが)、12本の論文のすべてで、ABA療育後に、伸びる傾向があることが示されています。
上記研究では、対象者はすべて、ABA療育を行った自閉症小児であり、
療育の前後でどう変わったか、というスタディでした。
自閉症小児で、ABAを行った群と、通常療育を行った群で、ランダムにその後を比較した論文もあります。
ABA療育と通常の療育(TAU; Therapy As Usual) と比較したランダム化比較試験のメタ分析の論文でも、エビデンスが示されています。2)
つまり、ABA療育の方が、TAUと比較して知的に伸びるデータ、ABA療育の方が、TAUと比較してコミュニケーションスキルが伸びるデータ、また、ABA療育の方が、TAUと比較して自閉症の重症度が下がるデータ(論文の数は多くありませんが)も、示されています。
(文責 藤中秀彦 国立病院機構新潟病院)
参考文献
1)Makrygianni, et.al. Research in Autism Spectrum Disorders. 51: 18-31; 2018.
2)Reichow, et.al. Cochrane Database Syst Rev. 2018. CD009260.