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海外ABAレポート

サンフランシスコ見学報告2016

2016年3月上旬にサンフランシスコ郊外のモデストという町にある二つの著名なABAエージェンシーを見学してきました。 1.ケンダルセンター 一つはケンダルセンター(別名Therapeutic Pathways)というエージェンシーで、ジェーン・ハワードさんという方が代表をされています。 (写真はケンダルセンターのトレーシー支部のスタッフの皆さんと撮ったもので、右から三番目の方がハワードさんです)。ハワードさんは大変親切な方で、今回の見学も昨年9月の国際ABA学会の際に、私が初対面のハワードさんに見学受け入れをお願いしたところ、快く引き受けて下さって、実現したものです。

ケンダルセンターはセンターベース、つまり通所型で週25-35時間の本格的な早期集中型 ABA(EIBI)を実施しているエージェンシーです。

ハワードさんやスタッフの皆さんのお話しによると、ケンダルセンターでは、子どもが3才になるまでは家庭にセラピストが訪問して週6-15時間のセラピーを行い、3才になると最寄りのセンター(モデスト本部のほか、トレーシー、ダブリンなどにもセンターがあります)に子どもが通って、週2535時間の集中的なABAセラピーを受けます。

ただしそのうち約半数は午前中3時間半、近くの公立のプリスクール(日本の幼稚園年少、年中にあたる)にケンダルセンターのセラピストのシャドー付きで通い(この時間もセラピー時間としてカウントします)、午後、ケンダルセンターで個別のABAを3時間半受けるそうです(週35時間の場合)。残り半数は午前中から終日(9-16時)センターでABAを受けます。もっともすべての時間が1対1ではなく、模擬プリスクールの時間もあります。

セラピーの費用は州の公費か民間の医療保険会社によって賄われます。ハワードさんによると、州がABA セラピーの費用を医療保険会社に負担させる法律を制定する動きは2000年初頭から始まり、いまでは全米50州のうち42の州で同様の法律が制定されているそうです(カリフォルニア州では2012年に法律が制定されました)。それまではニューヨーク州やカリフォルニア州のような一部のリッチな州だけが公費でABAを実施していたのですが、これによってABAが全米に広がることになりました。

つまり現在、米国の大半の州では、子どもが自閉症と診断されれば、医療保険によって、わずかな自己負担でABAセラピーが受けられるのです。週35時間のABAセラピーのコストは年間8万ドル~11万ドルと非常に高額なのですが、この制度のおかげで、カリフォルニア州の場合、親の自己負担は月20ドル、年間1500ドルが上限とのことです。

もっともすべての州、すべての地域で週35時間のABAセラピーが保険でカバーされているわけではなく、ABA セラピーのメッカ(?)、ロサンジェルスですら、週10-15時間のセラピーが主流で、週30-40時間のABAを実施しているのは、ごく一部のエージェンシーに限られます(州当局は週10-15時間を限度とする傾向にあり、一部保険会社のみが、週30-40時間をカバーすることに同意するとのことです)。

ではなぜこのモデストという町でケンダルセンターが週35時間を維持できているかというと、過去にこの地域の親がABAへの公費援助を求めて訴訟を起こして勝訴し、それ以来、モデスト周辺の5つのカウンティでは、一定の条件を満たした自閉症児には週35-40時間のABAの公費負担が義務付けられた、とのことです。

私たちは3日間にわたり、実際にセンターでのセラピーや、家庭でのセラピーを見学させていただいたのですが、セラピストはみな非常によく訓練されていて、子どもの注意を上手に引き付けていました。ケンダルセンターでは主に大学生のアルバイトをセラピストとして雇っていて、独り立ちさせる前に40時間の事前訓練(実地訓練を含む)を施すそうです。そのせいか、みな学生バイトとは思えないほどの熟練ぶりでした。

セラピーはいすにすわっての1対1のセラピー(DTT)が5~10分のあと2-3分の遊び、というサイクルを繰り返します。DTT(不連続試行法)はケンダルセンターの場合、大部屋で3~5組の子ども+セラピストが同時に行っていました。隣の子どもの泣き声も丸聞こえでしたが、その割には子どもたちはセラピストの指示に集中できていました。

遊び時間は屋内のプレイルームか屋外の庭で遊ぶかを子どもに選ばせます。遊びの間も「構造化された遊び(structured play)」と言って、絶えずセラピストが子どもに働きかけ、何らかの反応を引き出しているのが印象的でした(パズルをさせながら、絵を指さして「これ何?」と聞き、「牛」と答えさせるなど)。

ケンダルセンターは、早期集中介入で結果を論文に公表しているところとしては数少ない、非ロバース系統のエージェンシーです。ロバース系統のエージェンシーに比べて、問題行動に対して消去や罰を使わず、もっぱら DRO(問題行動に代わる適切な行動を促して強化すること)で対処していること、随所に子どもの選択権を認めて、モチベーションを高める工夫を取り入れているところなどが特徴かな、と思いました。

2.CVAP

今回の見学で訪問したもう一つのエージェンシーは、CVAP(セントラルバレー・オーティズムプロジェクト)というところです。こちらはロバース博士のお弟子さん、アメリン=ディッケンズさんが代表をされていて、やはり週35-40時間の本格的な早期集中型ABAを実施しています。

私たちはモデストの隣町にあるストックトンという町のCVAPの支部を訪問し、そこのクリニカルディレクターのデニース・パジットさんからお話しを聞きました。

CVAP はケンダルセンターと違って、ロバースの方式を踏襲し、原則としてホームベース、つまり家庭訪問型のセラピーを行っています。デニースさんによると、その方が親訓練がしやすいから、とのことでした。

CVAP で実施しているEIBIは、3才未満の子どもに週6-15時間、3才に達したら、できるだけ早く週35-4時間に移行する、とのことです。その場合、子どもに健常児の集団に入る準備ができたら、午前中セラピストのシャドー付きで外部のプリスクールに通わせ、午後、1対1のセラピーをする、という流れは、ケンダルセンターと基本的に同じです。ただCVAPでは午後のセラピーは基本的に家庭で行います。

もっともCVAPでもセンターでのABAを行っていないわけではなく、家庭に日中保護者がいられない場合や、家庭で問題行動がおさまらない場合には、センターに通わせてセラピーをしているとのことでした。私はロバース直系のエージェンシーではもっとホームセラピーにこだわっていると思っていたので、意外でした。

セラピーの資金は、半数の子どもは州の公費で、残り半数は医療保険によって賄われているそうです。ただここではなぜか、契約している医療保険会社がプリスクールでのシャドーに保険を支払わず、やむなくそういう子どもにはシャドーなしで午前中プリスクールに通わせ、午後のみ家庭ないしセンターで週20時間のABAをしている、とのことでした。そのため、週35-40時間のEIBIを受けている子どもは、州が費用を賄っている子どもたちの一部で、CVAPの未就学の子どもたち全体の約3割にとどまるとのことです。

ここでもセンター及び家庭でのセラピーを見学させていただきました。CVAPがケンダルセンターと違うのは、

・家庭でのセラピーが主だ、ということ。
・センターでのセラピーでも大部屋に3-5組、ということはなく、せいぜい2組だったということ。
・ロバース系の特徴として、誤反応に対して軽く「NO」ということ(反ロバース派からは「NO-NO-プロンプト」と言われてよく批判されていますが)。
・問題行動に対して、時には消去も使っていたこと(とはいえタイムアウトは一度も見ませんでしたし、一度、子どもが机の上からさらに棚の上に登ってしまったときも、「OK、待つよ」と言って無理に降ろそうとしなかったのは、「ずいぶんゆるいな」と驚きました)。
・遊び時間にケンダルセンターほど絶え間なく子どもに働きかけないこと。

などです。

セラピーは、1シッティング(いすにすわらせて立たせるまでの間)に3-5試行して、30秒~2分ほど遊ばせます。このサイクルを繰り返し、50分したら10分の大休憩(ブレイクタイム)です。ブレイクタイムには、家庭ではセラピールームから出して、親のところに行かせるそうです。センターでは5分が構造化された遊び、5分が自由遊びだそうです。この繰り返しで、一日7時間程度のセラピーを行います。もっとも先ほども触れたように、週35-40時間のEIBIを受けている3-5才の子どもの多くは午前中、プリスクールに通っているので、このパターンの個別セラピーを受けるのは1日3-4時間、週20時間程度、ということになります。

強化子はケンダルセンターでもCVAPでもおもちゃやお菓子を使っていました。どちらのエージェンシーも、たいてい一試行ごとに、あらかじめ子どもに強化子を選ばせていました(例えば車のおもちゃとしゃぼん玉を見せて、「どっちにする?」)。これはモチベーションを高めるための工夫の一つです。

ただケンダルセンターのセラピストが高度な訓練を受けて、非常に集中的に子どもに関わり、子どもの集中度も高かったのに対して、CVAPのセラピストはどこかゆるやかな印象を受けました。子どもたちも、セラピストがおうちのおもちゃを出して「遊んで」と言っても、おうちで遊ばずにその周りをくるくる回っていたり(それをセラピストが止めようともしません)、先ほども触れたように、子どもが棚の上に登ってしまったり、と、子どものコンプライアンスもケンダルセンターほどよくはありませんでした。

ではCVAPはケンダルセンターほどの治療効果を上げていないのか、というと、実は逆です。この二つのエージェンシーはどちらも自分たちのセラピーの結果を学術論文で公表しているのですが、その結果はむしろCVAPの方がリードしているのです。

2006年にアメリン=ディッケンズさんたちが公表した論文*によると、CVAPで1才半~3才半の自閉症児21人に週35-40時間のセラピーを3年以上施したところ、平均IQは62→87へと上昇し、比較した非ABA群との間で3年後も有意差が認められました。さらに21人中6人(29%)が付き添いなしで小学校普通学級に入学しました。
*Cohen, Amerine-Dickens & Smith, (2006) Early Intensive Behavioral Treatment : Replication of the UCLA Model in a Community Setting, Developmental and Behavioral Peiatrics, 27.2.

一方、ケンダルセンターも2005年に論文を公表していています。それによると、29人の自閉症児(平均31カ月)に3才未満は週25-30時間、3才以降は週35-40時間のセラピーを実施した結果、セラピー開始1年後に認知能力指数が20ポイント以上の伸びを示し、非ABA群との間で有意差が出たことを報告しています。しかしその後2014年に公表された追跡調査*では、治療開始2年目以降、各種指数の伸びが停滞し、3年後に非ABA群との有意差がなくなってしまったとのことです。 *Howard, Sparkman, Cohen, Green and Stanislaw, (2005) A Comparison of intensive behavior analytic and eclectic treatments for young children with autism, Research in Developmental Disabilities 26 359-383. **Howard, Stanislaw, Green, Sparkman, Cohen, (2014) Comparison of behavioral analytic and eclectic early interventions for young children with autism after three years, Research in Developmental Disabilities, 35,12, 3326-3344.

この差がどこから来たのか。一つ考えられるのはセンターベースとホームベースの差。後者の優位性ということでしょう。ロバースは常に親のセラピーへの参加が非常に重要だと強調していました。デニースさんにも「EIBIが効果を上げるために何が重要だと思いますか」とお聞きしたところ、一番に「親の関与(parent’s involvement)」を挙げておられました。

家庭でセラピーをすることによって、親がエージェンシー任せにならず、自分でもセラピーの成果を日常生活に般化させようとします。それがCVAPにおいて子どもの進歩を停滞させず、2年後、3年後も改善を継続させた大きな要因ではないか、と思うのです。

以上、見学報告でした。

(2016年 10月)