ロサンジェルスABA事情

今年(2006年)4月に、当地の日本人の親の会(JSPACC)の招きで、ロサンジェルスに行ってきました。

ロサンジェルスは、ロヴァース博士が長らく教鞭を取られたUCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)の所在地であり、おそらく世界中で最もABAが盛んな地域の1つです。

幸い、現地在住のつみきの会会員さんたちの協力で、ABAセラピーを受けている日本人家庭を見学させていただいたり、ABAエージェンシーを訪問させていただいたりして、ABAの「本場」の、生の姿を垣間見ることができました。

その時の様子を中心に、ロスのABA事情を紹介いたします。

ロスでは無料でセラピーが受けられる!

まずあちらに行って驚いたのは、本来なら年間250~1000万円の費用がかかるはずの、専門のエージェンシーによる本格的なABAホームセラピーが、あちらでは全額公費で受けられる、ということです。

もちろん、誰にでも認められる、というわけではなく、親が戦ってその権利を勝ち取らなければいけないのですが、いったん当局が承認しさえすれば、あとは自己負担ゼロで、ほぼ毎日、セラピストが家庭に来てくれて、ABAセラピーをしてくれます。
なんて素晴らしいんだろう、と思いました。

なぜそうなっているか、というと、それはアメリカではIDEA(Individuals with Disabilities Education Act:障害者教育法)という連邦法によって、すべての障害者に「無償の適切な教育」
が保障されているからなのです。何が「適切な教育」か、ということは、行政担当者や(最終的には)裁判所の判断に委ねられています。

障害の種類や年齢によっても違います。しかし自閉症幼児の場合は、ロヴァース博士の研究などで、早期集中型のABAホームセラピーが障害の改善に非常に有効であることが、科学的にほぼ証明されています。

そこで、少なくともここカリフォルニアでは、ABAホームセラピーが自閉症幼児に「適切な教育」と認められやすいのです。

ABAセラピーのシステム

ABAセラピーにお金を出すのは、子どもが3歳未満なら、その地域のリージョナルセンター(日本の福祉事務所に近い)、3歳以降なら主として学校区(教育委員会に相当)の役目です。

ただし3歳以降でもリージョナルセンターが一部を負担することがあります。
リージョナルセンター(地域センター)はカリフォルニア州独自のシステムで、発達障害者一人ひとりに対して、生涯を通じてサポートプラン(IPP、IFSP)を立案し、それを実施していく役割を担っています。

カリフォルニア、特にロサンジェルスとその近郊(グレート・ロサンジェルス)には、ABAセラピーを専門とする、たくさんの独立した「エージェンシー」があります。

これはリージョナルセンターや学校区の委託を受けて、ABAサービスを有償で提供する民間組織です。

親の求めで、自閉症児にABAセラピーを提供することが決まると、リージョナルセンターや学校区が、これらのエージェンシーのどれかと契約を結びます。
どのエージェンシーを選ぶかは、親と当局との話し合いによるようです。

当地で人気の高いエージェンシーとしては、CARD、ABCなどがあります。
いったんエージェンシーと時間数が決まると、そのエージェンシーからセラピストやスーパーバイザーが派遣され、ABAセラピーが始まります。

親は基本的にはセラピーを担当しませんが、セラピーで子どもが学んだことを日常生活に般化する役割を担います。

レイくんのセラピー

私がホームセラピーの様子を見学させていただいた一軒目は、レイくんという6歳の男の子のお宅でした。

レイくんのご両親は、どちらも日本人です。
レイくんは3歳になったとき、自閉症との診断を受けました。
そのとき発達検査は判定不能だったそうです。

レイくんは、3歳半からABAセラピーを受け始めました。
ただし最初のうちは、エージェンシーの提供する本格的なホームセラピーではなく、学校校区が独自に提供するABAで、学校で1日2時間、家庭で1時間程度の1対1のセラピーを受けていました。

しかしご両親は当初より、エージェンシーによるホームセラピーを強く希望しておられたので、学校区とリージョナルセンターを相手取って訴訟を起こし、大変な苦労をしてやっと今のセラピーを勝ち取ったそうです。

いまレイくんは、先述のABCというエージェンシーによって、週25時間のホームセラピーを受けています。

4人のセラピストと1人のスーパーバイザーが、毎日交代で家庭にやってきて、レイくんと一対一のセラピーをします。

レイくんとセラピストのキャリーさん

この日は、ちょうどスーパーバイザー(SV)のキャリーさんのセラピーの日でした。

キャリーさんはセラピストとして5年の経験を積んだのち、他のセラピストを監督するスーパーバイザーという地位に昇格して3年ほどになる、ベテランセラピストです。

この日のセラピーは、カードゲームのUNOをしたり、公共職業の人たちに関する知識を教えたり、「電話について3つのことを教えて」といった質問を出したり、と、レイくんのレベルに合わせて、かなり高度な課題をしていました。

キャリーさんは常に目線を低くしてレイくんの注目を引きつけ、短くはっきりした言葉で指示を出して反応を引き出し、ほめ言葉やトークンですばやく強化していました。

まさにABAセラピストのお手本のような人でした。
 レイくんのお母さんによると、レイくんはABCによるホームセラピーを受け始めてから、本当に伸びたそうです。

現在は、学習能力・言語能力が5歳程度と判定されています。
この日のセラピーでも、キャリーさんの方をしっかり見て、自然な言葉で質問に答えていました。

ロスでもABAは意外と知られていない

ロサンジェルスには、こんなにいいシステムがあるのだから、きっとロスの親たちの間には、広く知れ渡っているのだろう。
私はそう想像していました。

しかし現地の方々のお話を聞くと、アメリカ人の親たちは、意外にABAのことを知らないそうです。

多くの親は、学校区の提供する一般的な特殊教育を受けて、それで満足しています。
学校区は、ABAホームセラピーという選択肢があることを、親たちに積極的には教えないのです。

お金がかかる、という理由もあるのでしょうが、自分たちが伝統的に行なっている特殊教育にプライドがあるからでしょう。ABAのことを嫌って、悪く言う教師も少なくないそうです。

ではロサンジェルスで一般的に提供されている特殊教育とはどんなものか。
今回私は直接見学したわけではないのですが、現地の人たちの話を総合すると、だいたいは障害児だけが集まる少人数クラスで、教室にはTEACCHの視覚支援が取り入れられていることが多く、さらに個別あるいは少人数のST(言語療法)やOT(作業療法)などを受けるチャンスがある、というのが一般的な姿のようでした。

学校区によっては、さらにABAによる個別学習(ただし家庭ではなく学校で)を提供しているところもあるそうです。

ABAセラピーを求める親たちの戦い

そんな中で、パソコンや口コミでABAホームセラピーのことを知った一部の熱心な親だけが、当局にABAの実施を求めます。

その戦いの主戦場は、IEP(個別教育プラン)、3歳未満だとその前身であるIFSP(個別家庭サービスプラン)の作成会議です。

アメリカでは、3歳の誕生日まではリージョナルセンターが、3歳からは学校区が、障害児一人一人にIFSPやIEPを作って、一年ごとの治療・教育計画を決めます。
(3歳以降もリージョナルセンターはIPP(個別プログラムプラン)を作りますが、教育に関してはIEPがメインとなります)

ABAホームセラピーも、これらの個別計画で承認されて、初めて無償で受けることができるのです。

現地の親御さんたちによると、3歳未満の場合は、比較的ホームセラピーが認められやすいそうです。
それは、ロヴァースらの研究で、ABAの開始年齢が2~3歳台の場合に、最も改善効果が高いとされているからです。

逆に3歳を過ぎると、次第に認められにくくなります。
3歳未満の場合も、要求すればすんなり認められる、というものではなく、「デュープロセス」と呼ばれる一種の裁判に訴える場合もあります。

あらかじめ個人で実施していると、実績として評価され、公費負担が認められやすいので、高いお金を払って、自費でエージェンシーと契約する家庭も少なくないそうです。

そのロヴァースの研究では、週40時間という長時間のABAセラピーを2年以上実施したグループが、劇的な改善を示しています。

他方で、週10時間未満しか受けていないグループでは、ほとんどIQなどの改善が見られませんでした。

そこで親たちは、できるだけ多くの時間数、できれば週40時間を確保しようとします。
しかし週40時間を勝ち取ろうとすると、弁護士でも立てない限り、なかなか難しいそうです。
多くの場合は、週15~25時間程度で当局と折り合うことになります。

しかし2歳のときに週25時間を確保したからといって、安心はしていられません。
3歳になると、今度は学校区に管轄が移って、IEP(個別教育プラン)が一から作り直されることになります。

このとき、ABAホームセラピーがばっさり削られて、25時間が15時間になったり、ひどいときにはいきなりゼロになったりするケースが多いのです。

ABAにかかる費用

学校区やリージョナルセンターが、エージェンシーに支払うお金は、だいたい1時間55ドルと決まっているそうです。

日本円で6000円程度、ということになります。週25時間とすると、単純に計算して、1週間に15万円。年間50週として1年に1人当たり750万円もの費用がかかることになります。
ですから、当局は予算の関係上、なるべく一人一人にかかる費用を減らそうとするのです。

一方、親は何とか時間数を確保しようとしますから、勢い、バトルは避けられません。
当地の親にとって幸いなことに、アメリカでは、IEP会議には親が必ず参加することができ、親がサインをしなければ、IEPは有効となりません。

また会議には、事前に通告すれば、 弁護士でも誰でも同伴していいことになっています。
そこで熱心な親は、弁護士や、アドボケイト(障害者の権利を本人や親に代わって主張してくれる人。司法書士などの準法曹職が多い)を雇って、場合によっては訴訟にも踏み切る覚悟を示すのです。

アメリカのいいところは、そのように当局と対立しても、いったん合意が成立してしまえば、どちらもサバサバしていることだそうです。これが日本だと、当局との関係がこじれてしまうことを恐れて、多くの親が我慢してしまうでしょう。
さて、親の戦いはこれで終わりではありません。

3歳で初めてのIEPが認められてからも、IEPは毎年見直されます。その度に、時間数が減らされる、あるいはゼロにされる危険があります。特に3年ごとに大きな見直しがあり、そこでカットされる危険が高いそうです。ABAホームセラピーが最も効果があるとされるのは、だいたい2~5歳ですので、就学期に入ると、さらにホームセラピーを認められるのは難しくなります。

しかしロスでお世話になった 別の日本人家庭では、小学2年生の娘さんが、学校の特殊学級クラスの教育とは別に、週15時間のホームセラピーを無料で受けていました。

Sくんのセラピー

ロスで二軒目にお伺いしたのは、5歳になるSくんのご家庭でした。

Sくんの場合も、ご両親とも日本人です。Sくんは2歳のときからABAを受けていたのですが、最初のエージェンシーにはいろいろと問題があり、3歳のときから、有名なCARDにエージェンシーを変えました。

現在は週25時間のホームセラピーを受けています。
エージェンシーには、それぞれ個性があります。
CARDはロサンジェルスに数あるエージェンシーの中でも、比較的ロヴァース博士のアプローチに忠実で、できるだけ週40時間に近い時間数を実現しようとします。

ですから、学校区には敬遠されやすいのですが、その分、セラピーの改善効果には定評があります。

Sくんはまだ言葉がありません。音声模倣の訓練を受けてきましたが、成績は芳しくなかったそうです。そこで現在は、絵カードによるコミュニケーションの1つ、PECSの指導を受けています。

この日見学させていただいたセラピーは、PECSの初期の段階で、カードをセラピストに手渡したら、代わりにほしい物を受け取れる、という練習をしていました。セラピストはまだ学生さんのような若い女性で、聞けば今年の1月からセラピストを始めたばかりだそうです。

しかし懸命にセラピーに励んでおられました。
お母さんもセラピーに一緒に参加していました。

S君とセラピストさん、おかあさん

セラピストの資格

日本でもそうですが、アメリカでもセラピストになるために、特別な資格は必要ではありません。大学で心理学を学ぶ必要もなく、大学卒か、エージェンシーによっては2年制のカレッジを卒業しただけでも、セラピストとして雇ってもらえるそうです。

その代わり、セラピストとして採用されると、2~3週間、エージェンシーによって実地指導を含むトレーニングを受けます。

時給はそんなに高くなく、12ドル程度だそうです。
これも日本とあまり変わりがありません。

セラピストたちのいわば現場監督が、スーパーバイザー(SV)です。
スーパーバイザーになるには、大学院で心理学の修士号を取る必要があります。

その代わり、SVになれば、収入もアップします。そのため長くこの職業を続けたい、と思うセラピストは、働きながら大学院に通うケースも多く、エージェンシーが学費を出してくれることもあるそうです。

ロスで活躍する日本人セラピスト

あちらでは、現地で活躍する日本人のABAセラピストや、ST(言語療法士)、OT(作業療法士)の皆さんが、私を囲む懇親会を開いて、歓迎してくださいました。

言葉の壁、文化の壁に直面しながら、それを乗り越えてきた皆さんばかりで、若いながら、同年代の日本の若者には見出しにくい自信とたくましさに溢れて、まぶしいくらいに輝いていました。

私も、あと20歳若かったら、彼らと一緒に、アメリカでセラピスト修行がしたいです。

ロスで活躍する日本人セラピストやST、OTの皆さん

エージェンシー訪問

この懇親会に先立って、日本人セラピストの一人、隅田麻紀さんが働いている「ACES(エイシーズ)」というエージェンシーを訪問させていただきました。

施設内を見学させていただいた後、クリニカル・ディレクターのシャロンさん、オペレーション・マネージャーのブライアンさんにお話を聞きました。

ACESはサンディエゴとロス近郊のオレンジカウンティにオフィスを持つ、中堅のエージェンシーです。

非常勤も含めて300人のスタッフを抱え、1歳半~23才まで、幅広い年齢層の発達障害児・者にサービスを提供しています。

どこのエージェンシーもそうですが、ACESでもホームセラピーの全体のクオリティを保つため、厳格なピラミッド型のシステムを取っています。

まず頂点にクリニカル・ディレクターがいて、ケース全体を監督します。
特に月1回のチームミーティングで子どもの状態を直接観察し、必要があればプログラムの修正を指示します。

その下に、先述したスーパーバイザー(SV)がいます。
スーパーバイザーはプログラムの進行をチェックし、セラピスト(ACESでは「チューター」と呼んでいます)の訓練や、親訓練を行ないます。

その下がセラピストです。ACESでは女性社長の下、4人のディレクター、25人のSV、そして約250人のセラピストが働いています。隅田さんもその一人です。

ACESは、ABAセラピーの伝統的な技法であるDTT(ディスクリートトライアル・トレーニング)だけでなく、よいものは何でも取り入れていこう、という社長の方針で、PRT,PECS,TEACCH、フロアタイムなどを幅広く採用し、子どものニーズに応じて多様なサービスを行なっているそうです。

ACESのシャロンさん、ブライアンさんと

以上で、ロサンジェルスABAリポートを終わります。
最後になりましたが、今回の旅行をアレンジしてくださったつみきの会会員のIさん、家庭見学に応じてくださったレイくんとSくんのご両親、セラピストの隅田さんを始め、お世話になった皆さんに感謝を申し述べたいと思います。ありがとうございました。

Jちゃんのご両親へのインタビュー

2006年8月13日 平林万梨ロサンジェルスでセラピストとして活動されている平林万梨さんが、セラピーを担当しているJちゃんのご両親に、ロサンジェルスでのABA事情について、インタビューして下さいました。

1.LAのリージョナルセンターについて

サービスをもらうまで

母:子供が3歳以下の場合、リージョナルセンターでは誰でも必要なサービスを受けられるし、誰に対してもサービスを与えるように法律で定められているの。

子供に障害やなんらかの問題があるかもしれない、と思ったら、センターへ行き、テストを申し込むのよ。リージョナルセンターっていうのは、医師、心理学者、カウンセラー、発達や教育のスペシャリスト、弁護士、その他もろもろの専門家の集団なの。

テストやサービスを申し込むかどうかは親の判断で、リージョナルセンターと言うと低所得者のサポートというイメージがあるけど、そうではなくて障害者なら全員なんらかのサポートはもらえます。

母:まずセンターに電話をかけて、ケースワーカーをつけてもらうの。そうするとケースワーカーが、心理学者やその他専門家との仲介役になってくれてケースと立ち上げます。

その後アセスメント、診断と進むわけ。その後、専門家がどんなサービスがその子に必要かを提案して、その提案がケースのコーディネーターの人や、財務の顧問と委員会で話し合われてるのよ。

考慮のポイントは、子供の診断結果、親の経済的な状況、その時のリージョナルセンターの予算なんかね。 

そしてリージョナルセンターとしてその子に必要と思われるサービスと時間数が決定されるの。

たとえば、医療的な介助、スピーチ、OT(作業療法)や行動療法、ソーシャルプログラムとかがね。

父:ありますよ。どんなサービスが出されても、時間数や日数の制限があります。

母:ここカリフォルニア州では、子供が3歳以下なら、リージョナルセンターは専門家が薦めるサービスを100%払ってくれるの。サービスの時間数と種類はその子のニーズと家族のニーズによるわ。でも、子供が3歳を越えると、その子が13歳になるまで親の責任がでてきて、基本的に費用の35%は親の負担になるの。

あとは、主に教育を受ける年齢だから、サービスは学校区の管轄になるのよ。
子供が13歳を過ぎるとまたリージョナルセンターの管轄に戻ることが多いんだけどね。

母:専門の委員会があって、そこで決まるのよ。委員会というのは、その地域で選ばれた住民がケース・スタディをしてから決めるの。親、先生、その他色んな職種の人が交代でその委員会に出席するから、陪審員制度みたいなものかしら。

もちろん、そのケースの子供や親の直接の知り合いは委員会に出る代表にはなれないけどね。

私たちも他の子供のケースで招集が一度来たけど、夫がリージョナルセンターで会計士として働いているので出席することはできなかったのよ。

母:リージョナルセンターは彼ら独自のIEPみたいなものを持っているので、直接は関係ないわ。IEPは教育の分野だから、学校区の方で考慮されるの。

サービスが決まってから

母:そう。リージョナルセンターがエージェンシーのリストをくれるんだけど、もうどこがサービスのプロバイダーになるか選んであるの。

リージョナルセンターと提携しているABAの会社のリストがあって、きっと心理学者なんかの専門家が、子供の年齢やニーズに合ったやり方をしてる会社を選ぶんだと思うわ。エージェンシーによっては年齢制限を設けているしね。

でも、リージョナルセンターが選んだエージェンシーに必ずしも行かなくてもいいの。
親と面接をして、サービスを始めてからでも、会社のやり方が気に入らなければいつでも親がエージェンシーを変えられるのよ。

母:そのときはみんながよく言う「戦って」勝ち取る、という感じかしら。ケースワーカーと話してケースを立ち上げてもらい、 弁護士やアドヴォケート(advocate・直訳は仲裁人、主張者)をつけて、どういう理由でサービスの継続が必要なのかを訴えて委員会で納得してもらうのよ。

私たちの場合は個人で弁護士を雇うお金がなかったので、学生(法律を学んでいる院生など)を安く雇って、その人にかなり助けてもらったわ。

ちなみにその人は今はちゃんとした弁護士だけどね。弁護士を雇えないときは、リージョナルセンターが弁護士をつけてくれます。で、親としての権利、どの程度まで争えるかなどを教えてくれるの。

リージョナルセンターが出した時間数に不服のときも、同じようにしてケースを争って、委員会で了承を得れば時間数は増えるわよ。

時間と費用

母:ケースバイケースだけど、だいたいアセスメントから診断を経て、サービスが始まるまで一ヶ月から三ヶ月くらいかしら。

費用はエージェンシーにもよるけど、1時間だいたい75ドルから120ドルくらい。でもそれはセラピストだけね。

スーパービジョンやアセスメントは含まれていないわ。その費用が、リージョナルセンターにすべてカバーされる場合もあるし、たとえばさっき話したとおり、時間数を増やしたくてケースを立てたけど認められなかった場合、親が直接エージェンシーと話して全額負担ってことで時間数を増やすこともできるわけ。

2.カリフォルニア州のIEPについて

母:まず、初めてのIEPはアセスメントから始まるの。だから学校区の指定した医者や専門家がまた一からアセスメントをして診断をします。

父:リージョナルセンターや別の場所で前にアセスメントをしていても、学校区は学校区の提携した医者や心理学者なんかの専門家を使いたがるんです。

母:それが終わってそれぞれの専門家の報告書ができたら、IEP会議が開かれるの。

IEPには医者、心理学者、作業療法士(OT)、言語療法士(ST)、発達障害の専門家、学校の保健医、親と親の調停役(弁護士やアドヴォケート)など、色んな分野でその子に関わるプロが参加します。

で、基本的に学校区の代表、校長先生や教頭、またはその子の担任の教師と、その調停役が親サイドと話すのよ。

母:アドヴォケートっていうのは法律の知識を持っている民間の組織の人で、親側にも学校区側にもつくことができるの。

弁護士よりも雇う費用はずっと少ないわ。ただ、弁護士という資格はもっていないけど。

アドヴォケートの中にはIEP専門の人たちもいるのよ。私が雇った人は、障害児を専門にしている人だったわ。

母:そうね。あとは学校を変わったりサービスを変えたりするときね。
でも、法律では、親はいつでもIEPを召集することができるのよ。

母:それぞれの分野の人たちよ。学術的なものは先生、言語関連のものは言語療法士、というように。

でも親は専門家が出したゴールの提案に意見することはできます。たとえば、うちの子(妹)の場合、去年「友達どうしだけで(先生やセラピストを入れずに)5分間遊べる」というゴールを出されたんだけど、5分なんてまだとても無理、と思ったので2分に変えてもらったし。

母:そうよ。とくに学校区がABAのお金を出している場合、報告の義務があるからね。

母:すばらしいと思うわ。長所は、IEPとは書面化された契約であるということ。

その子に関わる人は守らなければいけないし、口約束みたいに後で混乱や論争が起こったりしにくいでしょ。

あとは親の権利が法律で守られているし、IEPの目標が適切でなかったりしたら、それを直すためにまた専門家が集まるわけだから、子供の成長を評価してその子を伸ばそうという専門家の献身は親にとっても嬉しいことなのよ。短所は、そうね、長いことかしら。

母:よっぽど短いときで30分、長いものになると数時間。とくに初めてのIEPで、アセスメントからそれぞれのゴールやサービスが決まるときは3時間から5時間なんてこともあるわよ。

IEPに関して、親として一番大事なことは、その場でサインしなくてもいい、ということよ。
専門家が出した目標ややり方に賛成できないならサインしなくていいし(その場合は次のIEPが予定される)、たとえ賛成でも、何日か猶予をもらってじっくり考えてみて、それからサインすることもできるの。

会議で突然たくさんの人に色々言われても、納得できるまで時間のかかることってあるでしょう?親がサインしない限りはそのIEPは有効にはならないしね。

母:会議の長さかしら(笑)・・・まあそれは冗談として、さっきも言ったように、IEPの仕組みは素晴らしいものだと思うわ。

担任の先生が変わるなんてよくあることだけど、IEPがしっかりしていれば、新しい先生もその子の目標や今のレベルを見極められるし、たとえば他の州に引越したときも同じIEPで通用するのよ。教育に関する法律は州ごとに違うのにも関わらずね。

3.応用行動療法について

母:姉(高機能)の場合は、社会性の面ですごく伸びたと思うわ。

前は「嬉しい?」と聞いても「悲しい?」と聞いても「うん」と答えていて、人の感情どころか自分の感情もよくわかっていなかったみたいだけど、セラピーで感情の理解と、人との関わりを学んでから社会面でとても成長したと思います。

それは、学校の勉強だけしていたのでは身につかなかったことだわ。
妹(低機能)の場合は全然違って、始めにフロアタイムで彼女のリードに従って遊んで、興味や好き嫌いを見つけることは大事だったと思います。だってセラピーの前は彼女を「見つける」ことさえ難しかったもの。

一日中人と関わろうとせず、目もあわせずに一人の世界に行ってしまっていたから。
徐々に机でのDTTに移って行ってからは、あの子があんなに学ぶ能力があったの、ってびっくりさせられたわ。

で、この子にも才能がある、って信じることができるようになった。

母:えー、そうね。親は子供のことをすべて知っていると過信するところがあるわね。

だから、冷静に子供にどんなことが必要なのかを見極めなければいけないわ。あと、親は感情的になりすぎるから。

それが親っていうものなのかもしれないけど、でも泣いてばかりいたり、事実から目を背けていては何も子供のためにはならないの。

だから、冷静な目を持って、子供のそれぞれの行動や言葉が何を意味してるのかを見極めることが大事ね。

父:あとは愛情を持って接することです。
障害があるからって、普通の子供と違うわけではない。

親の愛だって、きっとちゃんと伝わっています。
だから、子供を無視しようとしないで欲しい。

あとは、診断される直後に多いけれど、子供の障害や行動の問題について自分や誰かを責めることはしないことです。責任を追及したり人を責めることからは何も生まれない。

逆に解決策を見つける目を曇らせてしまうでしょう。

(2006年9月記)

サンフランシスコ見学報告2016

2016年3月上旬にサンフランシスコ郊外のモデストという町にある二つの著名なABAエージェンシーを見学してきました。 1.ケンダルセンター 一つはケンダルセンター(別名Therapeutic Pathways)というエージェンシーで、ジェーン・ハワードさんという方が代表をされています。 (写真はケンダルセンターのトレーシー支部のスタッフの皆さんと撮ったもので、右から三番目の方がハワードさんです)。ハワードさんは大変親切な方で、今回の見学も昨年9月の国際ABA学会の際に、私が初対面のハワードさんに見学受け入れをお願いしたところ、快く引き受けて下さって、実現したものです。

ケンダルセンターはセンターベース、つまり通所型で週25-35時間の本格的な早期集中型 ABA(EIBI)を実施しているエージェンシーです。

ハワードさんやスタッフの皆さんのお話しによると、ケンダルセンターでは、子どもが3才になるまでは家庭にセラピストが訪問して週6-15時間のセラピーを行い、3才になると最寄りのセンター(モデスト本部のほか、トレーシー、ダブリンなどにもセンターがあります)に子どもが通って、週2535時間の集中的なABAセラピーを受けます。

ただしそのうち約半数は午前中3時間半、近くの公立のプリスクール(日本の幼稚園年少、年中にあたる)にケンダルセンターのセラピストのシャドー付きで通い(この時間もセラピー時間としてカウントします)、午後、ケンダルセンターで個別のABAを3時間半受けるそうです(週35時間の場合)。残り半数は午前中から終日(9-16時)センターでABAを受けます。もっともすべての時間が1対1ではなく、模擬プリスクールの時間もあります。

セラピーの費用は州の公費か民間の医療保険会社によって賄われます。ハワードさんによると、州がABA セラピーの費用を医療保険会社に負担させる法律を制定する動きは2000年初頭から始まり、いまでは全米50州のうち42の州で同様の法律が制定されているそうです(カリフォルニア州では2012年に法律が制定されました)。それまではニューヨーク州やカリフォルニア州のような一部のリッチな州だけが公費でABAを実施していたのですが、これによってABAが全米に広がることになりました。

つまり現在、米国の大半の州では、子どもが自閉症と診断されれば、医療保険によって、わずかな自己負担でABAセラピーが受けられるのです。週35時間のABAセラピーのコストは年間8万ドル~11万ドルと非常に高額なのですが、この制度のおかげで、カリフォルニア州の場合、親の自己負担は月20ドル、年間1500ドルが上限とのことです。

もっともすべての州、すべての地域で週35時間のABAセラピーが保険でカバーされているわけではなく、ABA セラピーのメッカ(?)、ロサンジェルスですら、週10-15時間のセラピーが主流で、週30-40時間のABAを実施しているのは、ごく一部のエージェンシーに限られます(州当局は週10-15時間を限度とする傾向にあり、一部保険会社のみが、週30-40時間をカバーすることに同意するとのことです)。

ではなぜこのモデストという町でケンダルセンターが週35時間を維持できているかというと、過去にこの地域の親がABAへの公費援助を求めて訴訟を起こして勝訴し、それ以来、モデスト周辺の5つのカウンティでは、一定の条件を満たした自閉症児には週35-40時間のABAの公費負担が義務付けられた、とのことです。

私たちは3日間にわたり、実際にセンターでのセラピーや、家庭でのセラピーを見学させていただいたのですが、セラピストはみな非常によく訓練されていて、子どもの注意を上手に引き付けていました。ケンダルセンターでは主に大学生のアルバイトをセラピストとして雇っていて、独り立ちさせる前に40時間の事前訓練(実地訓練を含む)を施すそうです。そのせいか、みな学生バイトとは思えないほどの熟練ぶりでした。

セラピーはいすにすわっての1対1のセラピー(DTT)が5~10分のあと2-3分の遊び、というサイクルを繰り返します。DTT(不連続試行法)はケンダルセンターの場合、大部屋で3~5組の子ども+セラピストが同時に行っていました。隣の子どもの泣き声も丸聞こえでしたが、その割には子どもたちはセラピストの指示に集中できていました。

遊び時間は屋内のプレイルームか屋外の庭で遊ぶかを子どもに選ばせます。遊びの間も「構造化された遊び(structured play)」と言って、絶えずセラピストが子どもに働きかけ、何らかの反応を引き出しているのが印象的でした(パズルをさせながら、絵を指さして「これ何?」と聞き、「牛」と答えさせるなど)。

ケンダルセンターは、早期集中介入で結果を論文に公表しているところとしては数少ない、非ロバース系統のエージェンシーです。ロバース系統のエージェンシーに比べて、問題行動に対して消去や罰を使わず、もっぱら DRO(問題行動に代わる適切な行動を促して強化すること)で対処していること、随所に子どもの選択権を認めて、モチベーションを高める工夫を取り入れているところなどが特徴かな、と思いました。

2.CVAP

今回の見学で訪問したもう一つのエージェンシーは、CVAP(セントラルバレー・オーティズムプロジェクト)というところです。こちらはロバース博士のお弟子さん、アメリン=ディッケンズさんが代表をされていて、やはり週35-40時間の本格的な早期集中型ABAを実施しています。

私たちはモデストの隣町にあるストックトンという町のCVAPの支部を訪問し、そこのクリニカルディレクターのデニース・パジットさんからお話しを聞きました。

CVAP はケンダルセンターと違って、ロバースの方式を踏襲し、原則としてホームベース、つまり家庭訪問型のセラピーを行っています。デニースさんによると、その方が親訓練がしやすいから、とのことでした。

CVAP で実施しているEIBIは、3才未満の子どもに週6-15時間、3才に達したら、できるだけ早く週35-4時間に移行する、とのことです。その場合、子どもに健常児の集団に入る準備ができたら、午前中セラピストのシャドー付きで外部のプリスクールに通わせ、午後、1対1のセラピーをする、という流れは、ケンダルセンターと基本的に同じです。ただCVAPでは午後のセラピーは基本的に家庭で行います。

もっともCVAPでもセンターでのABAを行っていないわけではなく、家庭に日中保護者がいられない場合や、家庭で問題行動がおさまらない場合には、センターに通わせてセラピーをしているとのことでした。私はロバース直系のエージェンシーではもっとホームセラピーにこだわっていると思っていたので、意外でした。

セラピーの資金は、半数の子どもは州の公費で、残り半数は医療保険によって賄われているそうです。ただここではなぜか、契約している医療保険会社がプリスクールでのシャドーに保険を支払わず、やむなくそういう子どもにはシャドーなしで午前中プリスクールに通わせ、午後のみ家庭ないしセンターで週20時間のABAをしている、とのことでした。そのため、週35-40時間のEIBIを受けている子どもは、州が費用を賄っている子どもたちの一部で、CVAPの未就学の子どもたち全体の約3割にとどまるとのことです。

ここでもセンター及び家庭でのセラピーを見学させていただきました。CVAPがケンダルセンターと違うのは、

・家庭でのセラピーが主だ、ということ。
・センターでのセラピーでも大部屋に3-5組、ということはなく、せいぜい2組だったということ。
・ロバース系の特徴として、誤反応に対して軽く「NO」ということ(反ロバース派からは「NO-NO-プロンプト」と言われてよく批判されていますが)。
・問題行動に対して、時には消去も使っていたこと(とはいえタイムアウトは一度も見ませんでしたし、一度、子どもが机の上からさらに棚の上に登ってしまったときも、「OK、待つよ」と言って無理に降ろそうとしなかったのは、「ずいぶんゆるいな」と驚きました)。
・遊び時間にケンダルセンターほど絶え間なく子どもに働きかけないこと。

などです。

セラピーは、1シッティング(いすにすわらせて立たせるまでの間)に3-5試行して、30秒~2分ほど遊ばせます。このサイクルを繰り返し、50分したら10分の大休憩(ブレイクタイム)です。ブレイクタイムには、家庭ではセラピールームから出して、親のところに行かせるそうです。センターでは5分が構造化された遊び、5分が自由遊びだそうです。この繰り返しで、一日7時間程度のセラピーを行います。もっとも先ほども触れたように、週35-40時間のEIBIを受けている3-5才の子どもの多くは午前中、プリスクールに通っているので、このパターンの個別セラピーを受けるのは1日3-4時間、週20時間程度、ということになります。

強化子はケンダルセンターでもCVAPでもおもちゃやお菓子を使っていました。どちらのエージェンシーも、たいてい一試行ごとに、あらかじめ子どもに強化子を選ばせていました(例えば車のおもちゃとしゃぼん玉を見せて、「どっちにする?」)。これはモチベーションを高めるための工夫の一つです。

ただケンダルセンターのセラピストが高度な訓練を受けて、非常に集中的に子どもに関わり、子どもの集中度も高かったのに対して、CVAPのセラピストはどこかゆるやかな印象を受けました。子どもたちも、セラピストがおうちのおもちゃを出して「遊んで」と言っても、おうちで遊ばずにその周りをくるくる回っていたり(それをセラピストが止めようともしません)、先ほども触れたように、子どもが棚の上に登ってしまったり、と、子どものコンプライアンスもケンダルセンターほどよくはありませんでした。

ではCVAPはケンダルセンターほどの治療効果を上げていないのか、というと、実は逆です。この二つのエージェンシーはどちらも自分たちのセラピーの結果を学術論文で公表しているのですが、その結果はむしろCVAPの方がリードしているのです。

2006年にアメリン=ディッケンズさんたちが公表した論文*によると、CVAPで1才半~3才半の自閉症児21人に週35-40時間のセラピーを3年以上施したところ、平均IQは62→87へと上昇し、比較した非ABA群との間で3年後も有意差が認められました。さらに21人中6人(29%)が付き添いなしで小学校普通学級に入学しました。
*Cohen, Amerine-Dickens & Smith, (2006) Early Intensive Behavioral Treatment : Replication of the UCLA Model in a Community Setting, Developmental and Behavioral Peiatrics, 27.2.

一方、ケンダルセンターも2005年に論文を公表していています。それによると、29人の自閉症児(平均31カ月)に3才未満は週25-30時間、3才以降は週35-40時間のセラピーを実施した結果、セラピー開始1年後に認知能力指数が20ポイント以上の伸びを示し、非ABA群との間で有意差が出たことを報告しています。しかしその後2014年に公表された追跡調査*では、治療開始2年目以降、各種指数の伸びが停滞し、3年後に非ABA群との有意差がなくなってしまったとのことです。 *Howard, Sparkman, Cohen, Green and Stanislaw, (2005) A Comparison of intensive behavior analytic and eclectic treatments for young children with autism, Research in Developmental Disabilities 26 359-383. **Howard, Stanislaw, Green, Sparkman, Cohen, (2014) Comparison of behavioral analytic and eclectic early interventions for young children with autism after three years, Research in Developmental Disabilities, 35,12, 3326-3344.

この差がどこから来たのか。一つ考えられるのはセンターベースとホームベースの差。後者の優位性ということでしょう。ロバースは常に親のセラピーへの参加が非常に重要だと強調していました。デニースさんにも「EIBIが効果を上げるために何が重要だと思いますか」とお聞きしたところ、一番に「親の関与(parent’s involvement)」を挙げておられました。

家庭でセラピーをすることによって、親がエージェンシー任せにならず、自分でもセラピーの成果を日常生活に般化させようとします。それがCVAPにおいて子どもの進歩を停滞させず、2年後、3年後も改善を継続させた大きな要因ではないか、と思うのです。

以上、見学報告でした。

(2016年 10月)